2021.1 KENDOJIDAI
ぎりぎりまで相手の中心を攻め、乗りながら面を打つ
この度、剣道時代様より「面」についての取材記事の依頼を受け、これまで私自身が取り組んできた稽古や試合がフラッシュバックしたと同時に、競技者から指導者へと変わり、学生たちが打った「あの日、あの時の面一本」が感慨深く蘇ってきました。
面は切り返し、打ち込みといった稽古においても一番数をかけて学ぶ技だと思います。自分自身も先生方からたくさんの教えをいただいてきました。攻め勝って面を打つことの大切さを実感する中で、しかし、手ごたえのある面が打てたとしても「なぜそれが打てたのか」が自分の中で不確かなところがあります。
ただ、そのような中でも感じることは、自分から一番遠い打突部位に向かっていく気概、気迫を表現できるのが「面」であり、あえてそこに挑戦し続けることで「捨て身」などにつながるのではないかと思い、そのようなイメージをもって取り組んでいます。
私のような若輩者が、剣道の中心となる「面」について取材を受けることは大変僭越でございますが、これまで学んできたことと、実戦での意識点、現在学生へ指導している内容についてまとめてみたいと思います。このような勉強の機会を賜り、心より感謝申し上げます。
新里知佳野(しんざと・ちかの)
昭和57年沖縄県生まれ、38歳。興南高から日本体育大に進み、卒業後同大学剣道研究室助手を経て同大学院に進学(大学院進学と同時に新潟県体育協会勤務)。修了後同大学教員となる。全日本女子選手権2位3位、世界大会個人3位ベスト8、国体2位、全日本都道府県対抗女子大会優勝、全国教職員大会個人2位など。指導実績として全日本女子学生大会団体優勝個人優勝など。現在、日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科助教。剣道錬士七段
真っ直ぐ振り上げて
真っ直ぐ振り下ろす
まず稽古を始めるに当たり、素振りを行ないます。はじめは上下素振りの要領で大きく振り上げ、剣先は膝よりやや下まで振り下ろします。その際、左拳は下腹部の前になります。肩肘手首の各関節を大きく柔らかく遣い、剣先で大きな円を描くイメージで竹刀を操作します。竹刀は横から握るのではなく、上から持つことを鉄則とし、竹刀を持つ手の力は左右均等にします。甲手をつけた際も同様です。竹刀の持ち手が変わらないように意識します。
左手親指の付け根が身体の正中線上を通るように真っ直ぐ振り上げ、両腕を前方に伸ばしながら真っ直ぐ振り下ろします。その際に右手に力が入り過ぎると剣が蛇行してしまうので力加減は注意します。竹刀を真っ直ぐ振り上げ、真っ直ぐ振り下ろすことを基本とし、太刀筋を習得します。
左足・左腰・左手
左半身の作用と上半身の脱力
学生時代、本学剣道部師範の志澤邦夫先生より「打突する」前後には「構え」「攻め」「捉える」そして「打突」し、「残心を示す」といった一連の流れがあることをご指導いただき、それぞれについて習い、工夫し、体感で得た自身の感覚を磨いて参りました。
構えについては、左足・左腰・左手の左半身の作用が重要だと考えます。特に左足はひかがみを緩め過ぎず、張り過ぎない程良い緊張感を持たせるようにしています。
私は以前、元々ひかがみが張り過ぎていたため胸が張り、懐の狭い窮屈な構えになっていました。また攻め合いになると今度はどうしてもひかがみが緩み過ぎて頭の位置が低くなり、相手を見上げてしまうといったことがありました。
動中でひかがみに程良い緊張感を持たせ相手の剣の上に乗る体勢を崩さずにいることは非常に難しいことです。左腰は開かず、臍を上に向ける意識で相手と正対させます。左手は肩を落とし臍よりやや下に納め、体から握り拳一個前に置きます。
この「肩を落とす」という部分がポイントで、一度肩を上げ、呼吸を吐きながら肩の力を抜き、そこから更に肩を落としていきます。そうすることで左手が納まるべきところに納まる。また臍下に力が入り、上半身の脱力状態を感じることが出来ました。それが大きくゆったりとした懐を作り、相手の剣の上に乗れる盤石の体勢へと繋がると考えます。
素振り
まっすぐ振り上げ、まっすぐ下ろす。肩肘手首の各関節を大きく柔かく遣い、前方に向かって振り下ろす。
構え
左足・左腰・左手の左半身の作用が重要。特に左足はひかがみを緩め過ぎず、張り過ぎない程良い緊張感を持たせること。左手は肩を落とし臍よりやや下に納め、体から握り拳一個前に置く。
気を充実させる
気で乗る・気を放つ
身構えの作用に加え、気を充実させ、相手の剣の上に自分の体重を乗せるイメージで乗り、剣先から相手に向かって気を放つ。このような心の働きを意識しております。この身構えと気構えが一体となったブレない体勢を意識して作ることで、構えの中に次の「いくぞ、打つぞ」といった「攻め」が内在すると考えます。
攻め勝って捨て身で打ち
気力を錬り上げる
遠間から一足一刀の間合への攻め合いで、攻め勝って打ち間を確保することは最も難しいことであり、剣道の醍醐味でもあります。先生方にお願いする稽古では、必死に攻めて崩そうと思っても全く崩れない。我慢しようすると打たれ、先に出ようとすると返されてしまいます。苦し紛れに技を出すといった経験が何度もあります。また攻めたつもりで反応がないにも関わらず勝手に技を出してしまう。仮にその打ちが当たったとしてもこのような一方通行の技では、「機会が悪い」とご指導を戴きます。これは先に述べた「構え」や「攻め」が不十分な状態であると言えます。打突の機会は様々ありますが、私が狙いとしていた機会は、「居着いたところ」と「相手が出ようとするところ」であります。いわゆる仕掛け技と出端技です。相手の十分な構えに対して、強い意志で積極的に相手の中心を攻め居着いたところを捨て切って打ち込みます。または、その攻めに対し相手が出ようとする動きの端を捉えます。このような打突を繰り返し学び、「良い機会」と「悪い機会」の違いを体で覚えていきます。
一本に対して最大限集中し、神経を研ぎ澄ませ、「ここ」という場面で捨て身で打ち込む。呼吸を切らず、縁を切らず、気を繋げ、攻めて打ち切ることを重ねていき、気力を錬り上げていく。これが地稽古で得られる打突の機会を覚えることと、地力の向上へと繋がると思います。
攻め
剣先はぎりぎりまで上げず、相手の中心を攻めながら、踏み切ると同時に相手の頭上に振り上げ、踏み込みと同時に振り下ろす
起こりは小さく
打ちは強く
面を打つ際は、左足で床を押し、踏み切って体を運んで打突することが大切だと思います。剣先はぎりぎりまで相手の中心を攻めながら、踏み切ると同時に相手の頭上に振り上げ、踏み込みと同時に振り下ろします。竹刀の軌道は最短距離を通るように意識します(※編集部注 同大学剣道部部長の八木沢誠教士八段は「ぎりぎりまで相手の中心を攻め、乗り
ながら面を打つのが新里の面の最大の特徴」と評している)。
打突後は、相手の頭上でもうひと伸びするように踏み込んだ右足の二歩目を速く出し、左足で押して加速させます。振り上げる際の注意点は、剣先を立てないことです。剣先が立ってしまうと起こりが大きくなってしまい、打ちにいくところが打たれるところとなってしまいます。起こりのない打ちを目指し、小さい振幅で、大技で打った際と同じ強度で打つ「手の内の冴え」を心掛けてきました。
残心
次への備えをする
思い切り勢い良く打っても、打突後気を抜いてしまえば、相手に隙を与えてしまいます。大切なことは、打った余勢で相手から意識を離さず、相手に気を向けて構えること。その備えが次打てる体勢、もしくは相手の反撃に対応できる体勢となります。残心がはじめの構え、攻めへと繋がっていきます。
実戦で一本を生み出すには、その打突の前後が重要であることが分かります。学生への指導の際は、基本稽古から、元立ち、掛かり手共に実戦での相手とのやり取りの意識を持たせ、構え―攻め―捉え―打突―残心といった一連の流れを細かく指導します。
仕掛けて面
強い意志で積極的に相手の中心を攻めたところ、その攻めに対して相手の居着きを捉える
出端面
強い意志で積極的に相手の中心を攻めたところ、その攻めに対し相手が出ようとする動きの端を捉える
終わりに
より良い一本を目指して
私はこれまで勤務先である日本体育大学において、八木沢誠先生、古澤伸晃先生はじめ多くの先生方、OBの先輩方にご指導をいただく機会に恵まれました。その際に感じた強い構えや攻め、間の詰めや我慢の攻防といった緊張感を、自分自身が学生との稽古で与えることは難題でありますが、そのやり取りから打突の好機が生まれ、捨て身の技が出せれば、試合では最高の一本を作り出すことが出来ると確信しております。
面打ちは、剣道を習い始めてから今日まで、一番時間と数をかけて修錬したものであり、稽古の中心であります。「より良い一本を打つ」。このことは今後も変わらないテーマでもあります。十歳代、二十歳代の時とは違って体力、筋力の低下は否めません。間の詰め方、打ち間の確保、機会の捉え方など、課題は山積みですが、面打ちに重きをおいて学んでいく中で剣道の難しさや奥深さを改めて知り、技術の中に流れている目に見えない「剣道の心」に近づけるよう、「心を打つ一本」を目指して今後もさらに精進して参ります。
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