2024.8 KENDOJIDAI
(6月25日発売の『剣道時代』掲載記事です)
記事=佐藤まり子
写真=西口邦彦
数々の実績を残す名門道場・いばらき少年剣友会。人口3万人と、決して人口が多いとは言えない町(茨城町)で、年中から中学3年生まで約70名の会員を抱える。いばらき幼稚園を母体とするが、幼稚園以外からの入会者がほとんどだという。「帰ってこられる居場所」を掲げ、OBのグループLINEには130名前後が所属、コロナ前の納会には270名が参加した。
「いばしょう」の愛称で親しまれるこの会は、2023年11月にインスタグラムアカウントを開設。「日本中、世界中の仲間と『いばしょ』を作る」「どうする!?剣道界」など、ユニークなメッセージを発信。聞くところによると、子供たちが先生と相談しながら投稿を考えているという。
のびのびと育ち、剣道を愛する子どもたち。これから剣道は世界にもっともっと広がっていく。日本の少年剣道はどうあるべきなのか。少年剣道の先駆者に聞いた。
いばらき少年剣友会
昭和55年創設。水戸大会優勝2回、全国道場少年大会小学生の部団体優勝1回個人優勝2回・中学生の部団体優勝3回・個人優勝3回、全国道場対抗大会優勝3回などの成績をおさめている。OBが全日本選手権に3名出場
https://www.iba-kin.jp/kenyukai/
雨谷水紀(あまがい・みずき)

子どもたちと協力し、剣道の魅力を発信
ーー剣道人口の減少が叫ばれる中、沢山の会員を抱えています。どのように募集をしていますか?
特別なことはしておらず、ポスターの掲示、体験会の実施、SNSやホームページでの情報発信を行っています。
幼稚園やこども園に通う子たちに入会を強制することはなく、入会があったとしても毎年2〜3人です。だから発信した情報をご覧になった方や、口コミを元に興味を持ってくださる方が多いですね。
私としては勧誘の方法そのものよりも、道場に足を運んでいただいてからのコミュニケーションに重きを置いています。子どもの頑張りと私たちの想いを伝えることで、だんだんと道場という場所がいいものなんだと理解していただく努力が大切かなと。
また、これまでSNSでの発信に積極的ではなかったのですが、剣道の普及に貢献するためにインスタグラムのアカウントを開設しました。コロナ禍を経てさらに剣道人口が減っている状況を鑑みて子どもたちと話し合い、始めました。稽古後に「第二道場」を開き、投稿内容はそこで相談して決めています。

ーー子ども主導でSNS発信を行っている道場を初めて見ました。
子どもたちに当事者意識を持ってほしいという思いがあります。私が子どもの頃、取材していただいた剣道雑誌のテーマが「どうする少年剣道?!」でした。その撮影がきっかけで、子どもながらに剣道をやる仲間をもっと増やしたいなと思った記憶があります。その思いは今も心の奥にあり、道場を運営する原動力となっています。
ーー実際に発信を始めてみてどうでしたか?
ありがたいことに日本に限らずさまざまな国の方からフォローしていただいています。その様子を目の当たりにし、子どもたちも本気になってきて、積極的に投稿内容を考えてくれています。剣道の可能性は未知数で、自分たちで広げることができる。それを実感してもらえたらなと。
どうしても剣道には厳しいイメージがあり、敷居が高く感じてしまう方もいます。しかし、剣を交えて、一緒にご飯を食べたりお酒を飲めば、国境を超えて人の繋がりができると思うんです。
今のいばらき少年剣友会は、年代を超えて色々な人が集まる「いばしょ」です。大人たちは卒業しても一緒にお酒を飲み、子どもたちは遊び、その空間が気づいたら大切な居場所になっている。その輪を少しずつ世界にも広げていくことが理想ですね。

失敗や挫折をしても、立ち上がれる人に
子どもの成長を信じて「待つ」
ーー剣道を通して、こんな子どもを育てたいなど理想はありますか?
例え剣道日本一、世界一になったとしても、人は大なり小なり失敗や挫折を経験します。剣道に限らず、輝かしい戦績を残しながらも、転落してしまった人を沢山見てきました。
挫折や失敗を乗り越え、立ち上がれる人、何度でもスタートラインに立てる人が本当の一流だと思います。おごることなく、失敗を糧に成長できる人を育てたいです。
この半年や一年だけでも、社会全体でいじめや自殺など、悲しいニュースが取り上げられました。ますます、人の痛みがわかる子どもを育てることの大切さを感じます。
ーーそのような人を育てる上で大切にしていることは?
辛抱強く、子どもの成長を見守ることです。テクノロジーの発展で、社会は驚くほど便利になりました。スマホをクリックすれば、様々な情報を得られます。すぐに答えを知りたがり、「今すぐの成長」を子どもに求め「大人が思う正解」を子どもに押し付ける人が増えてしまったように感じます。
子育ても剣道も、ネットで手軽に得た情報を見て「この通りにすればすぐ育つだろう」と飛びついてしまうのは安易で未熟な考えかなと。人は失敗して、学んで、成長していくのに、大人の私たちがそこまで待てないんです。子どもの成長は、時間がかかることかもしれません。でも、私たちが寛容になって支え合い、子どもの成長を信じて「待つこと」が大切ではないでしょうか。
物質的に社会がこんなにも豊かになったのだから、剣道を通して心も豊かな子どもを育てること。それが私たち大人の使命だと考えています。

「物事に向き合う姿勢」を大人が見せること
ーー剣道を始めたばかりのご家庭とのコミュニケーションで気をつけていることは?
例えば、1月は道場が寒く、「行きたくない」「やりたくない」と泣いてしまう小さな子どもがいます。中学生・高校生になって成長したら、それくらいは頑張ってやるのが当たり前で、先生方もそれ以上を求めて厳しくなります。しかし、低学年以下の場合は「大丈夫?やってみよう。もしかしたら、やってるうちに足がポカポカになるかもよ」と励ますところからスタートします。
私のやり方はもしかしたら甘いのかもしれません。でも、頭ごなしに叱るのではなく、一度話を聞く姿勢を大切にしています。それが今の時代に即したコミュニケーションでもあると考えています。
大人だって仕事に行きたくない日、稽古に行きたくない日がありますよね。小さい子はもっと行きたくないはずです。冷たい冬の床に裸足で立つのが嫌で「やりたくない」と言うのは、普通の感情だと思うんです。そこで怒鳴ったり頭ごなしに叱っては「剣道は嫌なもの」と染み付いてしまう。
だから「やりたくないよね、帰りたいよね。でも、ちょっとだけやろう?」と寄り添うんです。その日、たまたま頑張ったことがその子の自信につながるかもしれません。次に稽古に来ても「やりたくない」気持ちは変わらないかもしれないけれど、もしかしたら誰か年上のお兄さん・お姉さんが「よくきたな」って声をかけてくれるかもしれない。そういった経験を繰り返す中で、どんな子どもでも自分なりに成長していきます。
保護者の方々には「道場は寒いけれど、子どもの小さな成長を見に道場に来てください」とお願いするようにしています。私自身も、できるだけ子どもと同じ数だけ道着を着て、同じ場所に立つことを心がけています。言葉でコントロールしようとするのではなく、大人が「物事に向き合う姿勢」で子どもを引っ張ることが大切ではないでしょうか。
ーー幼稚園から中学生まで一緒に稽古をしているのはなぜですか?
目先の勝ちを優先するなら、年齢・レベル別に分けた方が明らかに合理的です。でも、あえてそうはしていません。長い目で考えて、みんなで道場を盛り上げて良い場所にしていくことの方が大切です。だからうちの道場はこのスタイルでやっています。
また、誰かの面倒を見ることが自然にできる子どもは心が豊かに育つ実感があります。年下の子にとっては、お兄さん・お姉さんへの憧れや親しみの気持ちが、剣道を続けるモチベーションになります。

剣道を通して、人の心を育てる
ーー剣道の魅力についてはどう考えていますか?
社会が豊かで便利になったことは、それはそれでいいことだと思います。ただ、厳しさ、失敗を知ることも生きていく上では大切なこと。その大切なことを、剣道は自然な形で教えてくれます。
剣道は私にとって、自分を奮い立たせ、初心に戻してくれるもの。他のスポーツよりも「自分を正すこと」に魅力がある武道だと思います。
泣くほど床が冷たいなんて、現代社会ではなかなか経験できません。稽古を重ねる中で、己の未熟さや弱さとも向き合うことになります。そういう身体経験や心の動きの積み重ねが人の心を育ててくれるはずです。
ーー剣道を通して、様々な感覚を育てられると。
はい、だから勝ち負けも大事ですけど、観ている人、応援している人の心を動かすような試合をしなさいと子どもたちに伝えています。子どもの頃から人の心を動かした経験、動かされた経験は、とても大事だと思うんです。剣道でなくても、テレビでもなんでもいい。感動して、自分の感情を出せること、自分が何を感じているのか知ること…。感性に蓋をしないことは、何よりも大切なことです。
剣道を通して、大人も子どもも心を豊かにする経験ができると思います。それが今の社会に必要なことなのではないかなと。
ーー練習試合にはあまり参加しないと聞きました。
身体と心、両面の成長を考えたとしても、試合だけの物差しにならないことはとても大切です。どこか特定の道場に負けたくないとか、「ライバル道場」といった視点もないですね。
色々な習い事がある中で、「ああ、剣道っていいもんだね」「続けてみてよかったな」と思わせるのが私たちの仕事です。剣道の魅力に気づいて楽しくなったら、歳を重ねるにつれ自分から剣道の本質に触れていくようになると思うんです。
日本の剣道の素晴らしさは、剣道界のトップを走る方々が絶対に伝えてくれる。でも、そこに触れる子たちがいなくなったら意味がありません。どれだけ労力をかけて、根気強く子どもたちと関わっていくか。それができる大人が増えるべきだと思います。

ーー今後の展望を教えてください。
現状あるリソースを活用してさらに社会貢献できるような取り組みをしていきたいです。例えば、数年前から「現代版・寺子屋(第二道場)」を始めました。稽古の前後に施設を開放し、遊んだり勉強する場所にしています。
毎週火曜日の稽古後は、プロジェクターを使用し30分ほどのディスカッションも行っています。剣道の試合を観て「どう思った?」「チームの人たちはどんな表情をしている?」と問いかけることもありますし、時事ネタで意見を言い合うこともあります。
これが一体剣道の勝ち負けにどうつながるの?と疑問に思われる方もいるかもしれません。しかし、子どもの成長を長い目で考えた時に、広い視野を持つことはその子自身にとっても、剣道に於いても必要なことだと信じています。
ーー剣道に関する展望は?
子どもに剣道を好きになってもらい、続けさせるのはとても大変なことです。大学時代、スポーツ経営学の先生に「地域スポーツは物凄く大変だよ」と言われたことがあるのですが、その言葉の意味を痛感しています。
時代も価値観もどんどん変わっていて、大変なことも沢山あります。変化についていけない方もいるはずです。でも、剣道をやろうと思ってくれる子どもがいなければ、剣道の魅力すら発信できません。
「老舗にあって老舗にあらず」という言葉があります。剣道は日本文化の中でも最も古いものの一つ。良いものを残していくために、変えるべきことは変えていかなければならない。また、のれんをまずくぐってもらわないことには、中身は見てもらえません。中に入ってもらうことが、私の役割だと思っています。
そのためにも視座を高く持って、良いところは他競技からも積極的に取り入れていきたいです。剣道で日本一になりたいというより、外の世界から見ても「魅力ある剣道道場」にすることが目標ですね。
日本人らしい良い社会を、剣道を通じてきっと作れるはずです。それが良い形で世界に広まっていったら最高かなと。
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