インタビュー ヨーロッパ

少年少女剣士たちの剣道環境を作るために:ベルギー若駒剣志会

2020年4月15日
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ヨーロッパの有段者の数は約1万人、総剣道人口は約2万人と言われている。日本に比べると剣道人口は少なく、必然的に子供の数もとても少ない。稽古日数や試合数も限られている。

日本でも海外でも、子供の頃は、保護者に促されて剣道を始める子供が少なくない。しかし、痛い、苦しい、基本ばかりで面白みがないーそんな状態に陥りやすいのではないだろうか。海外であれば、子供が剣道を継続するための環境はさらに厳しい。

そんな中、ベルギーの若駒剣志会は40名もの少年剣士が所属し、子供たちもハツラツと楽しそうに稽古に励んでいる。世界大会出場の若い選手たちが子供たちを世話している姿も目にする。とても温かい雰囲気の道場だ。

この道場の中心にいるのが黒木芳信先生だ。1990年にヨーロッパに赴任し、最初はオランダの錬心塾で子供の指導を始めた。子供が大好きで、彼らと同じ目線で話している姿が印象的だ。今回の記事では、黒木先生がヨーロッパで少年少女剣士たちを指導する上で大切にしていることや、継続してももらうための工夫について伺った。

プロフィール

黒木 芳信、剣道錬士七段、株式会社フジトラベル勤務、ベルギー若駒剣志会代表。1963年生まれ、1990年に仕事でオランダに赴任。10年間の剣道ブランク後、オランダの無声堂にて剣道再開。当時オランダには子供向けの剣道教室がなく、「駐在員の子供を集めて剣道道場を始めたから手伝いに来てほしい」と現地のオランダ人剣士に誘われ、錬心塾にて子供の指導を始める。ベルギーに移転後の2004年に若駒剣志会を設立し少年剣道の指導に携わる。

ヨーロッパ少年少女剣士のための稽古会

毎年1月に、若駒剣士会主催の1泊2日の合同稽古会がベルギーのブリュッセルにて開催される。ベルギー・ドイツ・オランダ・イギリスなどから少年少女剣士が集まり、交流を深めるのだ。2019年に記念すべき10回目を迎えた。

2019年1月19日・20日に開催された稽古会

ベルギー・ドイツ・オランダは、3ヶ国が中心となって少年少女向けの試合を企画し、25年もの間継続している。試合だけではなく、合同稽古会をすることで子供達の交流をさらに深めようと企画されたのがこの年始の稽古会だ。

子供が好きだから、指導を続けられる

黒木先生が熱心に子供の指導をする理由は、純粋に「子供が好きだから」。

黒木先生がオランダに赴任した当時、10年ぶりの剣道を楽しむだけではなく、オランダ人の剣道仲間から生活全般のサポートなど、とてもお世話になったそう。その仲間の一人であるベルト・へーレン氏が、日本人駐在員の多いアムステルフェーン市に錬心塾を設立し、子供を中心とした剣道道場を始めた。彼への恩返しの意味で子供への指導を手伝ったのがきっかけである。

指導の基礎となっているのは、故郷の宮崎で教わった少年剣道。子供の頃、先生から受けた教えをオランダの子供たちにも伝えていこうとの想いがあった。

指導をする上で、時間の確保は必須と言える。働いて家庭も持っている場合、並大抵の気持ちでは指導は続けられない。しかし、子供が好きだからこそ、何10年にも渡り指導を継続できるそうだ。

良い剣道道場を作るために大切なこと

現在、黒木先生はベルギーに移り、若駒剣志会で指導を行なっている。若駒剣志会はとにかく賑やかだ。子供たちがのびのびと剣道をしている。1月19日・20日の両日に渡って開催された合同稽古会でも、子供たちの元気な様子が印象的だった。

ヨーロッパではまだまだ剣道はマイナー競技で、そもそも人集めが難しい。道場への入会者がいたとしても、友達が少なくてモチベーションが続かない、といったケースもある。そんななか、黒木先生の周りには人が集まり、賑やかなコミュニティが作られている。こういった雰囲気は、作ろうと思ってもなかなか作れない。道場を運営する上で、黒木先生が気にかけていることや、大切にしていることについて伺った。

子供と同じ目線で話す

「まず、子供たちと同じ目線で話すことを心がけています。具体的には、剣道の稽古だけではなく、普段から子供たちに声をかけることです。」

確かに、黒木先生と子供たちのやりとりを見ていると、「今日の稽古はどうだった?楽しかった?強くなれた?」など、にこやかに語りかけて子供たちも自然と笑顔になっている。また、保護者の方とのコミュニケーションも円滑だ。その日の稽古で見たこと、感じたことなどを積極的に共有している。

メンバー同士が仲良くあること

「楽しいことと厳しいことの、メリハリも大切にしています。指導をする上で特に大切にしているのは挨拶です。自分から、明るく積極的に挨拶してください、と教えています。また、道場メンバー同士で仲良くするようにとも教えています。」

挨拶は人間関係の基本中の基本だ。若駒剣志会の子供達は、確かに挨拶がしっかりしている。子供同士も仲が良い。

若駒剣志会に所属する子どもの国籍は様々だ。ハーフの子供もいれば日本人の子供もベルギー人の子供もいる。しかし、みんな仲が良く、一緒に遊びまわっている。言葉はどうしているのだろう…と不思議に思うほどだ。

「子供は、言葉がわからなくてもきっと遊びますよ。ベルギーの子供たちは、日本のようにみんなが同じ学校、同じ地区にいるわけではありません。現地の学校、補習校、インターナショナルスクールなど、様々です。そんな彼らにとって、いったい何が楽しいのか。

剣道をやっている間は苦しいけど、その後が楽しいんです。大人も子供も同じです。剣道をやって、そのあとに子供たち同士で交流することが楽しいのではないでしょうか。大人でいう第二道場・第三道場のようなものです。」

剣道だけにならなくていい

子供たちはそれぞれ異なる環境で過ごしている。剣道の他に、楽しいこともたくさんあるだろう。

「例えば、子供たちが他のことに興味を持ったとしても、それはそれでいいと思うんです。私自身も他のことに興味が向いたこともありました。野球をやりたい、バレーボールをやりたい、バスケットボールをやりたい…そういった興味が出てきたら、無理やり抑えることはしたくありません。きっとそこでしか得られないものがあるはずです。そこで何かを学び、いつか剣道に戻りたくなった時に、戻ってきてくれたら嬉しいです。」

黒木先生がオランダに赴任した当初、まだ小学生だった二人。
大人になっても交流が続いている。

達成感を得る稽古

稽古の際に、心がけていることについても伺った。子供が「ここが限界」と思っているところで楽をさせず、「もう一歩やってみようか」と踏ん張らせる稽古を心がけているそう。できないと思っていたことができる、達成感を味わえる稽古だ。

ベルギーはどうしても子供向けの試合が少なく、普段の稽古が必ずしも試合の結果に繋がるとは限りません。勝ち負けにフォーカスしてしまうと長くは続けられない。指導者として、試合には勝たせてあげたいが、それだけの稽古にはしたくないそうだ。

また、子供は褒めないと伸びない。例えば稽古が終わった時に「頑張ったね」と声をかけてあげたり、みんなの前で見本をやらせたりすることも大切だ。

「褒められると、きっとその子は誇らしい気持ちになるでしょう。他の子供たちは、なぜあの子は褒められたのだろう?と考え、モチベーションも上がるはずです。」

休息も大切

ヨーロッパと日本の少年剣道の違いの一つに「バカンスシーズン」があげられる。ヨーロッパでは体育館などの学校施設が夏休みは使用不可になる。このため、子供たちは夏に稽古をすることはなく、休暇を満喫するのだ。

「ベルギーも、夏の間(約1ヶ月)は稽古をしません。私は、それがメリハリになって逆に良いのではと思っています。剣道の鍛錬の趣旨とは合致しないかもしれませんが、子供の段階で休暇の季節にも鍛錬を求めるのは少しかわいそうな気がするのです。子供の頃は、しっかり遊び、しっかり休むことも大切ではないでしょうか。大人になって、本当に剣道に打ち込みたくなった時に、自分の意思で思い切り剣道をすればいい。」

終わりに

黒木先生が熱心に剣道指導を行う理由の一つに「ヨーロッパ剣道界への恩返し」があるそうだ。

「私は剣道のエリートでもなく、プロではありません。たまたま仕事の新天地を求めて来た欧州で剣道を再開することになりました。やはり、仕事あっての剣道です。その剣道に公私共々、本当に助けられました。いま当地で不自由を感じる事なく剣道が出来るのは、その様な環境を作ってくださった先人の方々の努力があってこそだと思います。特に剣道のように大声で叫んで、棒で叩き合う競技に体育館を貸出すなんて、一般人からすると狂気の沙汰です。日本の武道の精神と共に剣道を広めてこられた先生方、そしてその教えを理解し普及活動をしている地元の方々があってこそ。自分がヨーロッパで支障なく稽古環境があるのは、その様な方々のおかげです。」

また、ヨーロッパにいるからこそ知り合えた剣友や高名な先生もいる。こういったことに日々感謝し、いま自分ができることを精一杯やることで、剣道に恩返しをしたいそうだ。

取材日:2019年1月

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