インタビュー 全日本剣道選手権大会

全日本選手権。栄光の天皇杯

2021年2月15日

2021.1 KENDOJIDAI

剣道日本一を決する全日本剣道選手権大会が延期となった。延期は、昭和28年に第1回大会が開催されて以来、初めてのことである。過去、本大会を制した選手に、当時の思い出や、いまに活きる教訓などを尋ねる。

Special対談:石田利也×宮崎正裕
互いを高め合える“剣友”として。

今から30年ほど前。激動の昭和が幕を閉じ、時代が平成へと移り変わると、剣道日本一を決める「全日本選手権」は2人の傑物を中心にまわりはじめた。石田利也と宮崎正裕。現在に至るまでその存在感を示し続ける両者の現役時代を、全日本選手権を中心に振り返る―。

石田利也(いしだ・としや)

昭和36年生まれ、大阪府出身。PL学園高校から大阪体育大学に進み、卒業後、大阪府警に奉職する。主な戦績として、全日本選手権優勝2回、全国警察選手権優勝、世界選手権団体優勝、全国警察大会団体優勝、全日本選抜七段選手権優勝、全日本選抜八段優勝大会優勝などがある。第16・17回世界選手権男子日本代表監督。現在は警察大学校術科教養部長の職に就く。剣道教士八段

宮崎正裕(みやざき・まさひろ)

昭和38年生まれ、神奈川県出身。東海大相模高校を卒業後、神奈川県警に奉職。主な戦績として、全日本選手権優勝6回、世界選手権個人優勝、全国警察選手権優勝、世界選手権団体優勝、全国警察大会団体優勝、全日本選抜七段選手権優勝、全日本選抜八段優勝大会優勝などがある。第15~18回世界選手権女子日本代表監督。現在は神奈川県警察剣道首席師範を務める。剣道教士八段

「宮崎先生は自分にないものをすべて持っている」(石田)

―今日はお集まりいただきありがとうございます。今年はコロナの影響で全日本選手権が延期となりました。そこで、選手時代から現在に至るまで、剣道界のトップであり続けている両先生に、全日本選手権を中心とした現役時代のお話をうかがえればと思っています。まず、両先生が全日本選手権を最初に意識した瞬間はいつごろのことでしょうか。

石田 私が全日本選手権をはじめて意識したのは小学生のころです。すごく盛んな道場に通っていたこともあって、試合に対する意識がとても高かった。全日本選手権はテレビを通して観ていましたし、自宅の便所の壁に「全日本選手権出場」と書いたことを今でも覚えています。このときは将来の〝夢〟といった感覚ですが、実際に優勝したいと〝目標〟に掲げたのは大阪府警に入ってからですね。

宮崎 私は高校3年生のときです。はじめて日本武道館で全日本選手権を観る機会がありました。私が通う東海大相模高校の監督の同級生が出場しており、その応援を兼ねてのことでした。テレビで観ていたときはどこか遠いイメージがあったのですが、現実として目の当たりにすると、凄まじい衝撃でした。ちょうど卒業後の進路を考えている時期でもあり、その衝動のまま、神奈川県警に進むことを決めました。

―全日本選手権に出るために神奈川県警を就職先に決めた。

宮崎 はい。全日本選手権のプログラムを見れば、神奈川県から出場しているのはほとんどが県警の選手でした。当時の県警の指導者から「全日本選手権に出られるよう鍛えてやる」と誘っていただき、当時の自分には実力がなかったことも忘れて、県警に行けば全日本選手権に出られると勘違いしていました。県警で剣道を続けることが全日本選手権への一番の近道であると確信して、お世話になることを決めました。

―当時憧れていた選手はいらっしゃいますか?

石田 第24回大会優勝者の右田幸次郎先生や第28回大会優勝者の外山光利先生など、当時は教員勢が活躍していたイメージがあります。第22回大会で優勝された横尾英治先生もそうですね。横尾先生とは縁があって、大阪府警に入って数年経ったころ、当時監督であった小坂達明先生に連れられて和歌山の講習会に行き、横尾先生に稽古をお願いしました。そのときは警察選手権で優勝もしていましたし、ある程度自信をもっていたのですが、横尾先生に稽古をお願いしたら子ども扱いにされて。懐の深さ、勝負勘、駆け引きの巧みさ、こういう人が日本一になるんだと感動しました。小坂先生が「ウチの一番の新人なんだけどどうですか?」と横尾先生に訊いたら、「まだまだだなあ」という雰囲気でした。このときのやりとりは鮮明に覚えています。これは10年後、もう一度先生に稽古をお願いしようと心に決めました。

宮崎 私は、はじめてテレビで観た全日本選手権で優勝したのが熊本の山田博徳先生で、有馬光男先生との決勝戦は今でも目に焼きついています。右田先生が優勝されたときは、アッという間に勝負がついて、天才的な剣道をされる方だなと。全日本選手権は天才じゃないと優勝できないんじゃないかと思いましたよ。西川清紀先生も活躍されていて、憧れの剣士の一人でした。

―両先生がお互いを認識したのはいつごろですか?

石田 年齢は一つ違いですが、宮崎先生のことを意識したのは大阪府警に入ってからです。毎年、神奈川県警が遠征にくるわけですけど、そのときに宮崎先生の試合を見て「強いな」と。私が府警に入った年にはすでに警察選手権で決勝までいて、この試合も衝撃でした。府警の先輩方から「宮崎とはいずれあたるぞ」と言われていて、自然と意識するようになっていきました。

宮崎 石田先生のことはPL学園高校のときから見てきました。高校時代も大学時代もとにかく強い。一番衝撃的だったのは、警察選手権を初出場で優勝されたときです。私の方が先に警察選手権にも出させていただいていましたが、1年目でタイトルを獲った姿を見て、改めて石田先生の強さを思い知らされました。相手も寺地種寿先生や西川先生など苦しい組み合わせだったからなおさらです。いつか石田先生と剣を交えることを自分の目標とし、強く意識しはじめました。

―先生方はライバルと評されることも多かったと思いますが、実際にはどう感じていたのでしょうか。

石田 ライバルというのは我々ではなくて、人が見て感じることだと思います。後に宮崎先生は誰も抜けないような大記録をつくられていて、そんな人と同世代で試合をしていけるうれしさや楽しさのようなものは感じていました。この関係は現役を退いて指導者となった今でも続いていると思います。生涯の〝剣友〟として大事にしていきたいなと、そういう気持ちです。

宮崎 私がライバルと思うことができなくて、警察選手権で優勝された姿を見たときから、ずっと石田先生は目標とする剣士なんです。試合では勝ったり負けたりですが、とにかく離されないでついていく、本音を言えば戦いたくはないのですが、そういった勝負を多くできたからこそ、今の自分があるとも思うんです。だから石田先生にはとても感謝をしています。

初出場となった昭和60年度警察選手権で決勝まで駆け上がった宮崎選手。一躍その名を警察剣道界に知らしめた

大阪体育大から大物新人として大阪府警に入った石田選手。昭和61年度警察選手権で初出場初優勝を決める

―石田先生は宮崎先生に、宮崎先生は石田先生に負けたくないという気持ちは、他の選手と戦うときよりも強いですか?

石田 試合はすべて同じ気持ちで挑んできたつもりですが、宮崎先生と試合をしていると、不思議と燃えていたとか、力んでいたとか、自分の世界に入っていたということが多かった気がします。他の選手と戦うときも、同じ感覚で臨んでいたはずですが、試合場に入る前から特別な緊張感がありました。

宮崎 先ほども言ったように、石田先生とはできるならば戦いたくないんです。どんな時も試合に負ければ悔しいという気持ちが先立ちますが、石田先生に負けたときだけはその気持ちが不思議と起きない。掛かる気持ちで臨んでいるからでしょうか。石田先生には自分のすべてを出し切っても勝つことは難しいですが、出し切った上で負けたのなら素直に仕方ないと思えます。

石田 宮崎先生との試合は、いかに恐さを克服するかが勝負でした。構えているだけでも打たれるし、間合に入ればもっと恐い。しかし、そのギリギリのところで勝負をしていかないと勝利はないと考えていました。こんな選手は宮崎先生だけです。

宮崎 私も同じ思いです。技を捨て切るための最後の入りができない。昔ご指導いただいた先生に「強い相手にはなかなか間合に入れないものだ」と教わって、若気の至りから「そんなことないだろう」と思っていた時期もありました。しかし、石田先生と試合をするとまさにそのとおりで。入り過ぎたら打たれるという恐さがあるので、入ったり下がったりを繰り返したり、間を外したり。間合の攻防がいつも激しくなっていた印象です。

―二人だけにしか分からない、竹刀をとおした会話のようなものですね。

宮崎 私は石田先生の正々堂々とした大きな剣道が大好きなんです。好きな剣道だから意識も高くなる。石田先生のような剣道をしてみたいという憧れが、意識をさせているのかもしれませんね。

石田 宮崎先生は自分に持っていないものをすべて持っていて、私のやりたいことがすべてできる人。だからこれまで誰もできなかった連覇の偉業を叶えられたのだと思います。竹刀を交えるなかで、私は宮崎先生と同じことができないということが分かって、自分自身の剣道をまっとうしていこうと思いました。

「日本代表に選ばれたことで全国区の仲間入りができた」(宮崎)

―全日本選手権に話を移しますが、当時は段位制限が設けられていて両先生とも出場できない期間が7年くらいあったと思います。その間はどのような思いで特練生活を過ごしていたのですか。



残りの記事は 剣道時代インターナショナル 有料会員の方のみご覧いただけます

ログイン

or

登録

登録


Subscribe by:

You Might Also Like

No Comments

Leave a Reply