攻め 溜め

先を懸けて勝機をつくれ(東良美)

2024年4月15日

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2024.4 KENDOJIDAI

「剣道は攻撃あって守りなし。常に向かっていく気持ちが大事です」と東良美範士は強調する。常に向かっていく気持ちで相手を崩すには、左半身を意識した構えで相手に圧力をかけ、主体的に打突の機会をつくっていくことが大切だ。

東良美 範士八段

ひがし・よしみ/昭和32年生まれ、鹿児島県出身。鹿児島商工高校から法政大学を経て、卒業後、愛知県警に奉職する。愛知県警察主席師範を最後に退職し、現在は愛知県警察名誉師範、石田学園 星城大学・高校剣道部師範、名古屋トヨペット剣道部師範、杉山盡心館道場師範等を務める。全日本選抜八段優勝大会優勝、全日本選手権大会出場など。第19回世界剣道選手権大会日本代表男子監督。

 剣道を続けていると「先が懸かっていない」「待っている」などと指摘を受けることがあると思います。剣道は練度が上がると目に見えない気のやりとりや、攻めること、または乗り返していくことなどが重要となりますが、これらの要素はなかなか実感できないものです。しかし、第三者が見ると、よくわかるもので、昇段審査の難しさは、この部分にあるのかもしれません。

 現在、愛知県の石田学園星城大学・星城高校、名古屋トヨペット剣道部で指導をさせていただいています。彼らには常に強い気持ちをもって相手に向かっていく重要性を説いています。ただし、強い気持ちは稽古で裏打ちされた技術がなければ生じません。

 剣道は相手と対峙し、その攻防から優位に立ち、相手を崩して打突の機会を捉えて打たなければ有効打突は生まれません。そこに剣道の理合があるわけですが、この理合は技量に応じて存在しますので、指導者はそこを意識して稽古に取り組ませることが大切になります。

 一例を上げるとすれば、面を打つには相手の剣先を下げさせるか、開かせる必要があります。剣先が下がるか、開くのを待つのではなく、自らの意思で積極的に攻め上げて、相手の変化(剣先が下がる・開く)に瞬時に対応しなければならないのです。この原則をレベルに応じて教えていくことが大切になります。

 自らの意思で積極的に攻め上げるには構えを盤石にし、いつでも打てる状態をつくることです。構えで重要になるのは左手・左腰・左足の左半身です。この構えをなるべく崩さないようにします。構えというと、どうしても静的な状態を連想してしまいますが、動いているときに安定していないと意味がありません。

 動的な状態で構えが安定すると相手に向かっていく気持ちが醸成され、相手に威力が伝わるようになります。そこに「勝って打つ」チャンスが生まれます。「勝って打つ」には裂ぱくの気合で威圧するだけでなく、剣先の働きを駆使して間合を詰める、誘い込むことなどで相手の心を動かします。

 全日本剣道連盟発行『剣道講習会資料』の「攻め・崩し」(上級者)の項目に「進退・離合の動作において常に機先を制して技をしかけることができるよう1歩、半歩の間合の駆け引きにも気を抜かないように留意させる」と記されています。このことはまさに六段以上の高段者に求められているものです。

 機先の制し方については千差万別で各々が工夫して身につけるしかありません。無限の方法がありますが、この難題を克服するために先生・先輩方がどのような遣い方をしているのかを実際に稽古をお願いする、見取り稽古をするなどして身につけていくしかありません。次項からは、わたしが意識して実践していることを紹介します。

日本剣道形が教える先の気位を竹刀稽古に活かす

〝先を懸ける〟ということに関して参考になるのが日本剣道形です。太刀の形七本のうち一本目、二本目、三本目、五本目は「先々の先で勝つ」、四本目、六本目、七本目は「後の先で勝つ」と記されています。

 打太刀はすべて「機を見て」技を出します。『剣道講習会資料』に「機とは、相手の『心』と『体』と『術』の変わり際におこるときの『きざし』である」と記されていますが、実戦ではこの「きざし」を積極的につくらなければなりません。

 一方、仕太刀は師の位である打太刀に従い、打太刀の技を尽くさせ、その尽きたところを打って勝つ位を学ぶ立場です。

 仕太刀は、形の上では結果的に後から動きますが、気は常に先の気位で取り組まなければならず、ここに竹刀剣道で大いに学ぶべきものがあると考えています。打突は仕かけ技、応じ技ともに先の気位がないと成功しないことを実感できると思います。

 また、剣道形は一方の足を移動させたときは原則として他方の足を伴って移動させます。これは足遣いの原則ですが、実戦になると足幅が広くなりすぎることがあります。左足を引きつけることが攻めにもつながります。

相手との間合は左足で測る。自分の打ち間を理解する

 わたしは技の稽古を行なうとき、必ず一歩攻めることを大事にしています。実戦では一足一刀の間合に入るまでに勝った状態をつくっておかなければなりません。それを約束稽古の中でも強く意識することが先を取ることにつながると考えています。

 一足一刀の間合は身長や体力によって変わってきますが、自分が姿勢を崩すことなく無理なく打てる距離です。面は四つの打突部位のなかでもっとも遠い位置にあります。想像以上に間合を詰めないと届きません。

 とくに実戦では打つか、打たれるかの攻防があります。「間合は我に近く彼に遠く」との教えのように心理的なものも含まれてきます。実戦では心理的要素が大きくなり、気持ちで劣ると四肢に力が入り、肩に力が入れば自由な太刀さばきができず、足さばきも滞りがちになります。

 よって技の稽古で力みなく攻め入る訓練が必要になります。攻め方もまっすぐに入るだけでなく、わずかに斜めから入る。裏をとって入るなど様々な方法があります。このとき元立ちも合気となって行なわないと実りある稽古になりません。実戦のつもりで真剣味をもって行なうことが大切です。

先の気位で打突部位を捉える稽古に徹する

 わたしは名古屋市にある杉山盡心館道場で指導をする機会をいただいています。そこでは60歳以上の高齢者も楽しみながら剣道を学ばれていますが、基本稽古の大半は仕かけ技の修得に時間を割いています。

 高齢者になると自分から仕かけて打つことが難しくなります。もちろん全日本選手権に出場する選手のような躍動感のある仕かけ技を打つことはできませんが、自分の打ち間に入り、機会に応じて無理なく技を出すことは稽古を重ねることで可能になります。攻めて相手を引き出して出ばなを捉えることが理想です。

 出ばな技は、面だけではありません。打ち間に入り、手元が上がれば小手を打つ機会が生まれます。さらに相手が焦って面に来れば返し胴やすり上げ面で応じることもできます。

 もっとも大切なのは実戦に近いかたちで緊張感をもって稽古を行なうことです。

掛かり手は必ず一歩攻めて技を出すようにします。これに対して元立ちは師の位ですので、気を合わせて行なうことで、現象面には見えない気持ちのやりとりが醸成できると考えて実践しています。

剣道の基本は送り足。素振りで正しい打突動作を身につける

 先を懸けて主体的に打突の機会をつくるには攻め勝つことです。言葉で表現すると、その一言に尽きますが、それを実行するのは容易なことではありません。実戦では緊張が極限状態に達し、身につけたことをほとんど出せないことがあります。「剣道は面数」と言われるように稽古を積み重ねるしかありませんが、一般愛好家の方々は時間に限りがありますので、理想のイメージをもって取り組むことが大切です。

 剣道は形文化です。正しい身体の使い方、竹刀の握り方、振り方ができているかを確認することが大切です。それを身につけるには色々な方法がありますが、素振りも有効な手段です。とくに素振りは相手を必要とせず、一人で実践できます。「なんだそんなことか」と思うかもしれませんが、数をかけることで体の運用や手の内が身につきます。

 素振りで身につけた内容を切り返し・打ち込みに活かし、さらに実戦につなげていく。古来より剣道はその繰り返しです。わたしも理想の剣道に一歩でも近づくために基本稽古を続けています。

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