※この記事は『剣道時代 2015年4月号』に掲載されたものです。
2014年度全日本学生剣道優勝大会を制して5年ぶり4度目の大学日本一となった鹿屋体育大学。
全国で唯一の国立体育大学であり、全国から、大隅半島・鹿屋の地に集った俊秀たちは、どのような稽古を重ねて頂点へとのぼりつめたのか。
―みなさん鹿屋の剣風に憧れて入学してきたということですが、それ以外にもそれぞれ鹿屋を選んだ理由があると思います。それを教えていただきたいのですが。
柳田 高校時代は鹿屋のことをあまり知りませんでした。高校3年生のインターハイ前にある程度進路を決めていたんですが、インターハイ後に高校の監督から「鹿屋体育大学はどうだ?」と言われて。どこですか?という感じだったんですけど、お前がいったら日本一になれると言われて信じました。水森先輩も同じ栃木から行っていたので、それも志望の決め手になりました。
―相談はしたの?
柳田 ちょっとしました。
水森 最初電話が掛かってきて、そのときはいくつかの大学で迷っていたんです。それで「先輩どうですか?」と聞かれて、鹿屋をゴリ押ししました(笑)。絶対鹿屋が良いって。
―どんな言葉で鹿屋の良さをアピールしましたか?
水森 鹿屋の雰囲気とか、上下関係のこととかをかなり気にしていたので。だったら鹿屋が良いと。
柳田 上下関係が厳しすぎると思い切って剣道ができないかもしれないと思ったので。
―きてよかったと思いますか。
柳田 はい。
―鹿屋にきてよかったと思うことを教えてください。
柳田 同期も先輩もみんな剣道が強くて、毎日の稽古が自分のためになるし、日々強くなれる場所だと思います。先輩も優しいですし、後輩も慕ってくれるし、すごく良いところです。
中武 自分は延岡工業という全然有名じゃない、このメンバーとは世界の違う場所からきました。たまたま高校2年生のときにインターハイの個人戦で結果を残すことができて、その年にインカレで優勝したのが鹿屋でした。鹿屋杯という試合があるんですけど、そこで声をかけていただいて、どんなところかなと思ったら優勝したので、強いところなんだと。
日本一の先輩方から誘っていただいて、自分も本当は団体戦で活躍したかったので、大学は団体で日本一になれるところに行きたいという気持ちがあったので鹿屋を受験しました。最高です、鹿屋。
―鹿屋のどのへんが最高ですか?
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