修養としての剣道 連載

剣道における礼のとらえ方(⻆ 正武)

2022年1月10日

⻆ 正武(すみ・まさたけ)

昭和18年福岡県生まれ。筑紫丘高校から福岡学芸大学(現福岡教育大)に進み、卒業後、高校教諭を経て母校福岡教育大学に助手として戻る。福岡教育大学教授、同大学剣道部長を歴任。平成11年から14年全日本剣道連盟常任理事。第23回明治村剣道大会3位。第11回世界剣道選手権大会日本代表女子監督。著書に『剣道年代別稽古法』『剣道は基本だ』『人を育てる剣道』など。剣道範士八段。九州学生剣道連盟会長。

礼法とは

 礼法とは端的には礼の作法ということであり、立礼や座礼や礼の対象によってその正しい方法が伝承されています。「礼は表には端正な姿勢をもって、内には深甚なる敬愛の念をもって行うべし」と教えられているように、形式と同時に心持ちのあり方を重視するものです。

 我が国に伝えられ実践されてきた礼の思想は、古く儒教教典とされる五経の一つ「礼記」にその端緒があると考えられます。皇帝の権威と尊厳を重んじ社会の秩序を維持するために人の踏み行うべき道徳的観念として位置づけられたことに始まっているのです。つまり崇高偉大なものに対して、かしこまり敬うことが礼の根源であることは確かですが、時代を経て社会の変容とともに多少の意味あいの変化も加わることになります。我が国では、王朝時代(奈良・平安時代)から武家時代(鎌倉・江戸時代)に移り、武士道が発達することとなり、武士の守るべき道徳の中核として礼が重視されることとなってきます。即ち儒教思想の影響を強く受けて、〝顕正〟〝廉恥〟〝勇気〟〝謙譲〟などと並んで〝礼節〟が武士の重要な徳目として位置づけられてきたという歴史があるのです。更に武士の表芸であった剣術修行にあたっても、技術の修業がそれのみにとどまるのではなく、道徳性の涵養と相俟ってこそはじめて治世の責任を全うすべき武士の素養の礎となると考えられてきたものと理解できます。従って現代社会に生活し、剣道修錬に勤しむ私たちにとっての礼の実践は、厳しい攻防技術の修錬の中に実は社会秩序を維持する道徳心の涵養へとつながっていなければならないと自覚すべきなのです。武士ではない私達現代の剣道人は、武道の伝統を継承する剣道人としての誇りと自覚に立って、礼儀を重んずることは即ち〝顕正〟〝廉恥〟〝勇気〟〝謙譲〟〝精進〟などの武道の徳目と併せ修められることの重要性を改めて認識しておかなければなりません。直言するならば、〝礼の実践はペコペコと低頭することではない!〟と改めて自覚し、真の礼は剣道稽古の全てを通じて学び取り、技術の修錬と精神の修養を併せ実践し伝承していかなければなりません。

礼に始まり礼に終るとは



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