インタビュー

第10回 全日本都道府県対抗 女子優勝剣道大会優勝(田中百合香)

2023年1月2日

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2022.12 KENDOJIDAI

2022年7月に開催された全日本都道府県対抗女子大会は京都の初優勝で幕を閉じた。大将としてチームをけん引していたのは、田中百合香選手。小学生の頃から全国大会で活躍し続け、今も変わらず全国の舞台で存在感を放っている。

第一線で活躍し続けるための原動力とは何だろうか。田中選手が歩んできたその足跡から、強くなるためのヒントを探る。

田中百合香

たなか・ゆりか/昭和47年鹿児島県生まれ、50歳。福平剣道スポーツ少年団で竹刀を握る。鹿児島高から鹿屋体育大に進み、卒業後京都府警察に奉職。全日本女子選手権2位2回3位3回、世界大会団体優勝2位、全日本都道府県対抗女子大会優勝3位、全日本都道府県対抗大会2位、全国警察大会個人優勝2回3位3回、国体優勝2位など。第15回・16回世界大会女子コーチなど歴任。現在、同警察西京警察署警務係・剣道教師。京都府剣道連盟理事(強化委員会副委員長・成年女子担当)。旧姓谷山。剣道教士七段

10回大会で初優勝
チーム京都でつかんだ栄冠

 全日本都道府県対抗女子剣道優勝大会は10回目を迎えたが、今年は初めて7人制で行なわれた。

 今回優勝した京都チームは初優勝だ。大将としてチームをけん引した田中百合香教士は、長く全日本女子選手権や世界大会で活躍した名選手。大将はチームの顔であり、チームメイトからすればとても心強い存在だっただろう。

「いえいえ、とんでもありません。新型コロナウイルス流行の影響で、一昨年、昨年と警察では稽古を自粛していましたし、私自身にとって試合が4年ぶりというのもあって『とてもではないけど試合に挑戦できる状態ではない』と、予選会の出場をいったん断念していたんです。ただ、ある方が『京都のために』と勧めてくださったので、『恩返しのつもりで』挑戦しよう、と考えて臨んだ大会でした」

 大会にむけて、剣道から離れてしまったブランクを戻すために基本稽古を徹底して行なったという。「体力・筋力を向上させれば、おのずと試合勘も戻って対応能力が上がるのではと考えていたのですが、正直元のようにはいかず、厳しいかもしれないと考えていました。実際、試合までは不安を抱えていました」

 しかし、実際の試合ではそのような不安を一切感じさせなかった。とくに決勝戦では、大将戦を迎えた時点で1―1の同点。これ以上ない緊迫した場面で、見事に面を決めた。大事な一番での値千金の一本。さすが百戦錬磨としか言いようがない。

「相手の濱本選手は同い年ですし、昔からよく知っています。お互いやりづらかったと思います。打突の好機は簡単にはやってこないと思いましたので、ワンチャンスをものにできるようにと考えていました」

 腹をくくって勝負ができたのは、信頼を置いたチームメイトたちと一緒だったからだろう。

「豊田マリ監督や副将の工藤展代選手は長くご一緒させていただいていますし、長澤友美選手、尾﨑麻美選手、山本杏里選手は京都府警察の後輩にあたります。気心のしれた面々です。また、大学生の橋本京佳選手、楠木彩加選手もよくついてきてくれました。とくに今回、工藤選手、楠木選手は都合により急遽エントリーされたのですが、息はぴったりだったと思います」

 楽し気に語る田中教士。京都チームの仲の良さ・雰囲気が伝わってくる。「今回の大会はもちろん、今までの稽古環境についても、私ひとりで強くなれたわけでも、優勝できたわけでもありません。家族や会社の協力、周りの皆さんが支えて下さったからこそできたことですので……」

 くり返された周囲への感謝の思い。大会や指導者としての活動というかたちで恩返しをしたいと語る。周囲の存在や応援が、田中教士にとって何よりの励みになっているようだ。

勝つために挑戦者に徹した

 これまで、田中教士は日本一、世界一をはじめ、あらゆる大会で頂点の景色を見てきた。勝ち続ける人は、なぜ勝てるのか。その思考を探るために、まず生い立ちから振り返ってもらった。

 田中教士(旧姓谷山)は、警察官であった父・亨さんの影響で福平剣道スポーツ少年団に通い始めたのが剣を握ったきっかけだった。

「指導者の中村保先生は、父の恩師であったこともあり、妹の奈津美、弟の武士(現京都府警察)と一緒に通いました。どうも、弟に剣道をさせたかったようですが……」 田中教士はみるみる腕を上げ、小学6年生で全日本小・中学生女子個人選抜剣道錬成大会において2位の成績を残している。鹿児島高校ではインターハイ個人優勝・2位、玉竜旗優勝、鹿屋体育大学では全日本女子学生大会団体優勝2回2位1回・個人優勝1回。まさに「スター選手」だった。

1992年全日本女子選手権にて。小手を打っているのが田中教士
1997年、世界大会に初出場。地元京都開催だった
2003年、全日本女子選手権で3位入賞。母剣士の入賞が話題をさらった

 しかし、意外にも学生時代の田中教士の中では「日本一」「世界一」といった夢は明確な目標だったのか、はっきり言えないところがあったそうだ。

「私自身に力があるとは思っていませんでした。私としては、大会に出場するにあたっていきなり優勝を目指しているわけではなく、『一戦一戦を戦って、その結果優勝につながれば』という気持ちで試合をしていました。先に優勝を意識すると、あまりよくないと感じてしまいます」

 一歩一歩を堅実に進むことを大切にしているのだろうか。

「一つ一つを歩んで、やっと次の段階に進めるような気がします。また、勝つと次は追われる立場になりますのでプレッシャーはありますが、それに負けると自分の剣道ができないばかりか精神的にも負担がかかるので、『挑戦者としての気持ち』を大切にしています」

 常に「追いかける立場」でいるように、気持ちをつくることが大切だという。9月に行なわれた全日本東西対抗試合に出場した際、寺地里美先生(警視庁)、石田真理子先生(大阪府警察)の試合を拝見することができた事も、良い経験になったそうだ。

「目標である先生方に近づけるよう頑張らなければと気持ちを新たにしました」

 憧れの鹿児島高校の大先輩たちの活躍に奮起したと田中教士。気持ちは常に挑戦者だ。

準備力が試合の結果を左右する

 どれだけの実力をもった選手であっても、勝ち続けることは至難の業。とくに剣道の大会においては心の面が影響してくることもあり、連覇が難しいと言われる。そのような剣道だからこそ、大会に臨むに当たっては出来る限りの準備が必要だと考えている田中教士。

「大会に挑戦するためには、できるだけの準備が必要だと思います。技術はもちろんですが、心を充実させること、相手を研究すること、食事面など、あらゆる面を考えて準備することだと思います。なぜ食事? と思われるかもしれませんが、食事をおろそかにすると怪我をしやすくなるからです」

 田中教士は大学卒業後に京都府警察へ奉職したが、当時は女子の剣道特練生が他にいなかった。比べる相手や相談する相手が身近にいないからこそ、情報をかき集めてやるべきことを模索した。

「とくに年齢を重ねるごとに、準備の大切さを実感しました」

 それは、京都府警に奉職してから当時主席師範であった奥島快男範士に構えや姿勢など、基本から一つ一つ指摘していただいた時に実感した。

「一つ一つ直して下さったことで、学生時代はどれだけスピードや勢いに頼っていたことがわかりましたし、同時に、直すべき所を直していく過程で自分が変わっていくことも感じました。先生にご指摘いただいたところを直していくうちに、段々と試合でも勝てるようになりました」

 反省点や改善すべき点を、パズルのピースを合わせるように一つ一つ丁寧に直していく。自分の体と真摯に向き合う日々が、特練という過酷な世界で抜きんでるための力になるのだろう。

 特練生活は結婚出産をはさみつつ、平成6年から平成21年まで、15年にも及んだ。その間、世界大会優勝、全国警察選手権優勝2回、国体優勝などの実績を積み重ねた。

 全日本女子選手権には高校3年から出場し、計16回出場。そのうち2位2回3位3回。最後の3位入賞は、長男の健生さんを出産して2年後のことだった(母剣士・30歳代の全日本女子入賞は20年ぶりの快挙だったことも、大きな話題をさらった)。

「私が特練生の頃は大半の女子選手が結婚や出産を機に竹刀を置いていました。しかし、寺地先生、石田先生をはじめとする先生方のご活躍を見て、私も頑張りたいと思いましたし、出産後の平成15年で3位入賞できたのも、前年の大会を子供を抱っこしながら見学して、大会の素晴らしさに衝撃を受けたからでした。私の最後の入賞の3年後に、島村百恵選手、久木山満美選手(ともに警視庁)も出産を経て3位入賞されていました。私にとって本当に励みになります」

剣道を生涯実践したい
今できることを全力で行なう

 田中教士は15年の特練生活を終えた後、平成21年春より北警察署に転属、京都府警察では女性初の剣道教師となった。その後教養課(術科指導室)、警察学校を経て、現在は西京警察署に勤務。警務係での職務のかたわら、一般の警察官に剣道や逮捕術の指導を行なっている。

 田中教士は忙しい。西京警察署では週2回少年指導を行なっている他、京都府剣道連盟の週2回の稽古(都道府県大会及び国体の強化稽古)がある。また、京都女性スポーツの会と連携しての京都女性剣道大会などもあり、充実しているようだ。

「私が京都府警察に奉職した頃はなかなか女性の剣道家にお会いする機会がありませんでしたが、平成9年のなみはや国体から成年女子の部が設立されて、それがきっかけとなって少しずつ状況が変わりました。今は女性の剣道家と沢山交流する機会があります。京都の女性の先輩方とも、『京都の女子剣道を盛り上げたい』といったお話をさせていただいています」

 今回の全日本都道府県対抗女子大会で優勝した背景には、女子剣士たちの尽力・そして助け合いがあったことも背景にあるのだろう。近年では、宮路早恵子選手(旧姓杉本)や藤本美選手らの世界大会での活躍、また、長澤選手らの警察大会団体3位などの活躍などの結果にあらわれている。

 そして、今後の田中教士の活躍も気になるところだ。「剣道は生涯実践できる武道です。女性は家の事などがあって、剣道を休まなければいけない場合があります。しかし、幸いなことに京都ではちょっとした時間で稽古ができる環境やネットワークがあって、本当に有難いことです。若い頃のように沢山試合に出ることはなくても、『剣道はずっと現役』の気持ちを忘れず、今挑戦できることに向かって前向きに取り組んでいきたいと思います」

 常に挑戦者。この思いはこれからもぶれることはない。

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