溜め

ためて打ち切れ(田中宏明)

2023年11月20日

2023.10 KENDOJIDAI

写真=西口邦彦
構成=土屋智弘

攻めて打つ打突は返されたり避けられることもある。しかし攻めて溜めることで、相手を居着かせたり、引き出すことができ、打突の確実性が上がる。溜めができれば剣道の幅が広がり、打ち切った打突も生まれる。少年から大人までの指導を通じ、多くの剣道家や指導者を輩出している解脱錬心館館長田中宏明教士に解説いただいた。

田中宏明 教士八段

たなか・ひろあき/昭和33年佐賀県生まれ。佐賀北高から国士舘大に進学。卒業後解脱会に奉職。現在は解脱錬心館館長を務める。主な戦歴に全日本都道府県対抗剣道優勝大会優勝、準優勝。全日本東西対抗剣道大会出場など。指導者としては、全日本剣道錬成大会小学生の部3位、水戸全国大会小学生の部準優勝などへ導いている。

丹田に気や気持ちを収めて溜める

 最初に「溜める」という言葉の原義を考えますと、集めて溜めるという意味であり、水をたらいに溜めるなどのように使われます。転じて剣道における溜めとは私の場合、丹田に気を溜めるということでイメージしております。

 蹲踞より立ち上がった際から気を丹田に溜め、充実した構えを執ることがまず大切です。「構えがいい」「風格のある構え」「構えで相手の強さが分かる」とよく言われることですが、よい構えとは気が丹田に溜めてある構えです。

 そして攻め合いの中で、相手との間が詰まり、こちらも相手も緊張感が増していきます。その中でも丹田に気や気持ちを収めて溜めることで、上体の力を緩め、充実した気持ちで対峙することができるのです。

 当道場の二代目名誉館長であられた故・楢﨑正彦先生(範士九段)は「溜めて、溜めて、溜めて」とおっしゃりました。そこから誰をも魅了する、豪快な面技を繰り出された先生でした。自らが充実し、最高の技を求めること。つまり自然体から100%を出し切るのに必要なのが溜めだと考えます。そこからの爆発力で打ち切りが生まれます。心に躊躇があったり、相手に気後れしていては、そのような打突力は出ないでしょう。野球で例えるならば、ピッチャーが気を込めて投げる豪速球を十分に引きつけて、溜めあるフォームから、最高のスイングをすることです。その打ち切りが、ホームランを生むような感じでしょう。

 また剣道の場合は相手との関係性があるので、状況は瞬間々々で刻々と変化します。そうしたことを鑑みると、自らただ攻めて相手を打突した場合、当たるかも知れませんし、返されるかも知れません。つまりたまたま当たったという状態では、生命のやり取りから生まれた剣道においては、はなはだ心もとない状況と言えます。ではどうすれば良いのかということで、先人が様々な体験や考察を経て、剣道は発展してきたと推察されます。

溜めて合気になることで
打突の機会を感得する

 まず言えることは、相手と合気になることでしょう。自ら攻めて、溜めても合気にならない以上は、勝負の行方はおぼつきません。合気になることで、相手の心の状態、例えば驚懼疑惑や居着きが感得できます。そこを打突することで確実性が生まれ、打ち切った打突につながります。よく攻め勝って、乗って打てと言いますが、それが溜めにつながるのではないでしょうか。

 そして溜め方も様々な状況が想像されます。攻めて溜めて、さらに攻めて打突をしたり、溜めて溜めて相手を引き出して打突をしたりと、パターンは一様ではありません。稽古や試合の中では、そうした心の作用を自然とおこなっているはずです。

 また溜めを理解するのに、打ち込みで面を五本打ちなさいと言いますと、初心者が一番早く打ち終わります。逆に上級者ほど長く掛かります。その違いは攻め合いや溜めを意識して打突しているかの違いだと思います。溜めを意識することによって攻めて打つ技、溜めて打つ技、溜めて引き出す技など、剣道の幅が広がるものです。

 先人の考察として一つの説を紹介します。江戸時代の剣豪・柳生宗矩が記した書物に『兵法家伝書』があります。『五輪書』とともに近世武道書の双璧をなすものです。その一説に「心と身とに懸待ある事 心をば待に、身をば懸にすべし。なぜになれば、心が懸なれば、はしり過ぎて悪しき程に、心をばひかへて待ちに待ちて、身を懸にして、敵に先をさせて勝つべき也。心が懸なれば、人をまづきらんとして負をとる也」とあります。最後は相手を引き出して打てと言い伝えていますが、それもある意味、溜めを表現しているものだと理解しています。

 難しい説明になりましたが、自らの溜めを作るためには、基本稽古となる切り返しや打ち込みを繰り返し行い、同時に上手の先生に掛かる稽古をしなければならないと考えています。そうして丹田に気を溜めることを自然と覚えていきます。昨今の風潮として、若い方は勝負にこだわり過ぎる嫌いがあります。もちろん試合においては必要なことですが、普段の稽古から手元を無駄に上げたり、避けることに回ったりと、打たれないことを意識し過ぎてしまっています。そうするとどこかで打突のスピードが落ちた時に、戸惑い始めます。全日本選手権に出場される方や警察官で活躍する選手などに、皆さんの憧れとなるような選手がいると思います。彼らは幼い頃から、基本を徹底的にやり込み、土台を作った上にその剣道があります。試合巧者だからと、そのまま真似をしようとしても、芯が違いますので、特に若年の皆さんは注意が必要です。

 また大人から開始した方は、子ども時代からやっている方とは、掛けた基本の数が違います。しかし大人の方は理解力がありますので、頭で考えながら基本をしっかりとやることが、溜めへと繋がっていくと思います。その上で上手の先生に掛かる稽古では、真っ直ぐに勝負をし、攻めて溜めて、打ち切ることを意識します。当然先生には返され、打たれてしまうでしょう。しかし打たれて反省することです。先生の気勢や溜め、間や呼吸、打つ機会を学んで、少しでも自分のものとしていけるよう励みましょう。

 特に高段位の審査では、攻めて打ち、打突部位に当たったとしたとしても、それが自分勝手の攻めであった場合は評価されません。どんな相手とも気を合わせて、剣道をするというのが、高段者つまり指導者に求められる条件だからです。



残りの記事は 剣道時代インターナショナル 有料会員の方のみご覧いただけます

ログイン

or

登録

登録


Subscribe by:

You Might Also Like

No Comments

Leave a Reply