稽古方法

適切な間合、絶妙な機会(岩立三郎)

2026年2月23日

2025.7 KENDOJIDAI
構成=寺岡智之
撮影=西口邦彦
*本記事に掲載された画像の無断転載・使用を固く禁じます。

剣道人生71年。岩立三郎範士は、86歳の現在も矍鑠として道場に立ち、後進の育成に励んでいる。長年にわたる剣道修業の道のりで手にした間合と機会の極意をお話しいただいたー。

岩立三郎範士

いわたて・さぶろう/昭和14年生まれ、千葉県出身。成田高校を卒業後、千葉県警察に奉職する。剣道特練員として活躍し、選手引退後は関東管区警察学校教官、千葉県警察剣道師範などを歴任。昭和53年に千葉県松戸市に「松風館」を設立し、館長として現在まで後進の育成にあたる。岩立範士の指導を仰ぐべく、日本はもとより海外からも多数の剣士が門をくぐる。現在は松風館道場館長、尚美学園大学剣道部師範、全日本剣道道場連盟副会長、全日本高齢剣友会会長などを務める。剣道範士八段

竹刀の間合と心の間合
間合は相手によって変化する

 間合というものは、まずどうやって自分の間合を知るかが大切です。ほとんどの人は、自分の間合というものが分かっておられない。私の道場に通う七段剣士でさえ、そう言えると思います。相手に対してどういう状態でいることが自分の間合なのか。ただ稽古をするだけでなく、そこまで考えて稽古に取り組むことが大事でしょう。

 自分の間合を知っている人は、もちろん立合においても強みがあります。それが、間合が分かっていないと、むしろ相手の間合で勝負をすることになってしまう。知らぬ間に間合を盗まれてしまうわけですね。剣先でのやりとりに終始し、間合の関係を忘れてしまっている方がとても多い。そんな気がしています。

 間合が難しいのは、相手によって自分の間合も変化するところです。概念的には「遠間」「近間」「一足一刀の間」などがありますが、あれは言葉上の表現の仕方であり、この距離がこの間合だ、と確立されているものではありません。かたちの上では中結のあたりがちょうど、適当な間合だとおっしゃる方もいますが、これは技倆や年齢によっても変わってくるのは当然です。私は今年で86歳になりますが、その私が遠間から打ち込めと言われても無理なもので、相手を打とうと思えばもっと近間まで攻め入る必要があります。年齢のことを言えば、体力や気力、脚力なども人によってまったく違うわけで、一概にここから跳びなさいなどということは言えません。だからこそ、自分の間合を知ることが大切だと言っているわけです。

 相手によって間合が変化するのであれば、これは竹刀の間合というよりも、心の間合と表現するのが私は適当だと考えています。どんな相手とでも自分にとって適当な間合を把握し、攻めを展開できる人が強い。この心の間合を求めていくと、今まで感じられなかった新たな剣道の一面が見えてくるでしょう。

 心の間合について、もう少し説明しておきます。相手と対峙したときに、その相手の力量を見極めることが、間合を考える上では非常に大切です。自分がどこにいれば安全で、どこまで攻め入れば相手を打つことができるか。そこに心の働きが関わってくることは、剣道に真摯に向き合っている読者のみなさまであれば容易に想像がつくかと思います。たとえばとても強い相手と対峙していると、恐れが先立ちなかなか間合を詰めることができません。その恐れを打ち破り、強い気持ちで攻め込んでいくことで、心の間合も近くなり、打突の機会が巡ってくるわけです。

 自分の間合を知り、極めていくためには、稽古で逃げないことが肝要です。これは私の長年の経験から、自信をもって伝えておきたいと思います。昔の道場は幅が狭く、下がるにも下がれない状況でみな稽古をしていました。どんなに間合に入られても下がらず我慢をすることを強いられるので、みな間合に明るく、さらに勇気も身についていったのです。下がらなければ、もちろん打たれるでしょうが、自分の打つ機会も見えてきます。剣道ではよく「打たれて学びなさい」と言われますが、まさにそのとおりなのです。

 間合については、かたちの間合と心の間合、この二つをどう自分でまとめていくか。これがまとまると自分の間合が見えてきて、稽古や試合でもそれまでとは違った剣道が表現できるのではないでしょうか。

引き出して打てば百点
待って打てば零点



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