インタビュー

コロナ時代の剣道(後編)

2021年1月4日

2021.1 KENDOJIDAI

※対談はマスク着用で行ない、撮影用のため一時、マスクを外しています

林明人医師は鹿児島県霧島市の出身。順天堂大学医学部を卒業、米国ウイスコンシン州立大学脳神経内科准教授、筑波大学を経て、現在、リハビリテーション科教授。医学部脳神経内科教授併任。剣道は中学で始め医学部学生時代は関東医歯薬獣剣道大会個人・団体優勝、全日本医科学生剣道大会団体優勝。20年間のブランクののち再開、現在剣道六段。全日本医師剣道連盟事務局長、茨城県剣道連盟医学委員長。日本スポーツ協会公認スポーツ指導者。日本オリンピック委員会医・科学スタッフ。

末吉孝一郎医師は宮崎県の出身で大阪大学医学部を卒業。大阪大学医学部附属病院、米国ハーバード大学を経て、現在、救急診療科で准教授として診療に従事している。順天堂大学浦安病院の入院患者の約3分の1は救急外来から入院し、重症患者は救命救急センターにて集中治療を行っている。剣道は小学1年から始め、大阪大学体育会剣道部時代には全日本学生剣道優勝大会の出場経験を持つ。現在剣道七段。松風館道場所属。

いわゆる〝第二道場〟が危険

剣道とコロナ、対人稽古再開の留意点

―対人稽古を再開するにあたっての新しい剣道スタイルについてはどのようなことが必要ですか?

林医師 剣道を行う上で大事なことは、まずは新型コロナウイルス感染防止の対策であるマスク、手洗い、3密を防ぐことを個人レベルおよび社会レベルで遵守することです。また、発熱時や体調がすぐれないときには無理をしないでしっかりと休むことです。

 一方で、新型コロナウイルス感染症に対していたずらに不安を抱く、むやみに恐れる必要はありません。剣道に当てはめて考えてみますと、ちゃんと相手をよく知って己を知ることです。つまり、心を澄ませて注意深く、気を緩めないでおさえるところはおさえることが大事です。

 例えば日頃、新型コロナウイルス対策をして防いでいるつもりでも、ある時に気が緩み大勢で集まり大声で宴会をしてしまってクラスターを起こしてしまうことになりかねません。どういうときにうつるのか、どうやったら防げるのかなどを正しく理解してちゃんと行動をすればいいのかを知っているとかなりの部分は新型コロナウイルスの感染は防げると思います。

 病院でも同じですが、密閉、密集、密接を避ける。マスク・手洗い、換気など、一つずつ注意を払うことが必要です。新型コロナウイルス感染症について様々なことが分かってきています。飛沫感染、エアロゾル感染や接触感染ですので、この対策を正しく行うことが大事です。新しい生活様式や剣道の新しい稽古様式を行い新型コロナウイルスの感染防止対策を立てていくことが必要です。

末吉医師 これまで剣道とウイルス感染の関係について深く考えたこともありませんでした。従来の剣道の稽古では締め切った道場のなかで多くの人が集まって稽古が行われていましたが、よくよく考えてみると剣道はウイルス感染が起こりやすい3つの条件(いわゆる3密)を満たす状況が発生します。

 特に剣道では大きな発声を伴いますが、実はこれが飛沫で広がるウイルス感染においては致命的となります。剣道は老若男女問わず行える素晴らしい競技ですが、他の競技に比べ高齢者の割合が高いので特に注意が必要です。新型コロナウイルス感染症が起こった当初、剣道界のご年配の先生方のことをとても心配しました。

林医師 重症化のリスクとしては、高齢者、基礎疾患(高血圧、慢性腎臓病、慢性呼吸器疾患、糖尿病、心臓病など)のある人、喫煙者などがあげられます。若者では重症化率が低いですが、基礎疾患がある場合には重症化する割合や生命の危険性が増します。末吉先生が言われたように剣道は生涯剣道を実践されている高齢者が多くおられます。高齢者は基礎疾患があることも多くより感染防止に気を付ける必要がありますので、より用心して始めることも大事です。

 現時点でも剣道を再開しないで状況の推移をみておられる高齢の剣道家の方に対しても思いやる配慮が大切です。さまざまな方法で連絡を取り合いながら、つながりを持つ工夫をもつとよいと思います。各道場では、マスク(面マスク)とシールドを装着すること、稽古では検温、消毒を行い、換気に留意して、出席者名簿をしっかりとつけることなどを徹底することが必要です。口と鼻を覆うマスクをつけていれば濃厚接触者として扱われません。しっかりとマスクをつけることも大事なことです。また、いわゆる〝第二道場〟が危険です。道場の稽古ではしっかりと感染防止対策を行っていても、コミュニケーションの場ともなる宴会や食事での懇談などは、今しばらくは厳に慎むことが必要です。

―現在の感染状況と剣道について、現場の医師から見た剣道のコロナ対策については?

末吉医師 現段階では感染は収束しておらず、根本的な治療もまだ確立されていない状況ですので、感染に対して十分な注意が必要なことは変わっていません。新型コロナウイルス感染症はしっかりと感染対策を行えばそう簡単には感染しません。しかし3密が揃うと瞬く間に感染が広がってしまいます。剣道再開においても十分な対策が必要です。重症化すると生命にかかわる状況にもなり得るため、剣道再開においても十分な配慮が必要です。

林医師 新型コロナウイルス感染症はまだ根本的な特効薬はありませんが、対症的な治療は進歩してきています。一方、機能予後、日常生活にもどることができない患者さんがおられるのも事実です。

剣道再開では感染を広げない、重症化することの多い高齢者の感染を防ぐ、将来の剣道を担う青少年の剣道離れを防ぐことを念頭に、これまでお話ししました個人レベルや道場レベルからの対策が重要です。

―対人稽古が開始されているが、これについては?

末吉医師 ガイドラインにもあるとおり、まずご自身の健康上のリスク因子を確認する必要があります。年齢、基礎疾患などのリスク因子を踏まえ、稽古を再開するか決める必要があります。また、感染は自分だけの問題ではありませんので、ご家族など周りの方のリスク因子も考慮しなければなりません。感染が収束していない現段階では従来の剣道はできないことについては異論のないところです。ガイドラインに従い、対策を十分に行う必要があります。

林医師 剣道では気剣体一致が必須ですが、声を出すことで、飛沫飛散のリスクが高まります。換気の不十分な所で、人が密集して、大声を出してしまう3つの密(密閉、密集、密接)が剣道では起こりやすい環境にあります。従いまして、換気が十分に保てる場所で、人が多くならずに、大声で飛沫飛散しないようにすることが必要になります。

 まずは換気についてです。エアロゾル感染の原因となる飛沫の中でも細かい微粒子はマスクで十分に対応できない場合もあり、その対策として換気が欠かせません。地下で換気が十分にできないところでは稽古は避けることが大事です。これまでにクラスターが起きている環境ではせまい密閉された空間で起きていることがほとんどです。換気扇や送風機、扇風機をうまく配置するようにしましょう。

 次に密集ですが、年齢ごとに稽古時間を分けて人数を減らす、時間を短縮する工夫をしましょう。マスクやシールドを使用して飛沫飛散を防止しながら行う新しい剣道スタイルを行うということになります。密接については、一定の間隔(ソーシャルディスタンス)をとり、近くで大声を出さないことが大事です。全剣連のガイドラインにもありますが、鍔競り合いはすぐに解消することも新しい剣道スタイルの1つです。

―マスクやシールドの使用についてはいかがですか?

末吉医師 コロナウイルスは主に飛沫感染と接触感染によって起こります。剣道では発声による飛沫をどのようにして防ぐかが重要です。ガイドラインに記載されているように、マスクやシールドの着用は必須です。それ以外にも手洗い、消毒などが有効ですので十分に行う必要があります。また使用したマスクは不用意に扱うと感染源になることもありますので注意が必要です。

林医師 もちろん体調がすぐれない人や発熱がある人は稽古を休むことが何よりも大事ですが、コロナ禍ではマスクは日常生活同様、剣道を再開する上でも必須のアイテムです。マスクの種類にもよりますが、マスクは口と鼻をしっかりと覆うことにより、飛沫飛散(自分が声を出した際の飛沫をだす)を減らすことができます。全剣連での5マイクロメーター(1000分の5ミリ)以上の飛沫飛散を調べた実証実験の結果では、マスクとシールドを装着した場合には装着しない場合と比べて9割以上飛沫飛散防止効果があったとのことです。

 しかし、マスクを着けていれば100%安心というわけでは当然ありません。5マイクロメーター以上の飛沫はマスクで通り抜けを9割近く防ぐことは可能ですし、シールドも飛沫飛散をブロックします。しかし、5マイクロメーター以下の微粒子(エアロゾル)はマスクをすり抜ける可能性があり、その微粒子は一定時間漂うことになり、エアロゾル感染の原因となります。因みに、新型コロナウイルスの粒子の大きさは0・1マイクロメーターです。マスクでもエアロゾルを吸い込むことを防ぐ効果はないわけではありませんが、その割合はかなり低い程度になります。マスクで防げない微粒子・エアロゾル対策としては換気が重要です。

 また、マスクから鼻を出している状態ですと、素通しで鼻から吸い込むことになります。せっかくマスクを使用していても感染防止効果を低下させるのは間違いありません。最初から鼻を出している方も多く見受けられますが、鼻を出したマスクの装着をしていると次第にずれてしまい、口までも出ている方がおられます。これではマスクをつけていないのと変わりありません。もし、マスクをして息が苦しい時には無理をせず、面をはずし、マスクを外して、外に出て新鮮な外気を吸うようにしましょう。

 マスクをしっかりとしていると感染者が発生した場合に濃厚接触者とならない場合であっても、鼻を出していた場合にはおそらく濃厚接触者として扱われる可能性が高いと思われます。アイガードやマウスガードなどのシールドも高齢者ではその装着を強く推奨されています。唾が目に入っての感染を食い止めるのに役立ちます。

新しい稽古様式を考える

飛沫感染防御が必須。熱中症対策にも留意する

―稽古を行う際の注意点、マスク、シールドの使用で気をつけることは?

末吉医師 現状、全剣連のガイドラインのとおりマスクおよびシールドによる飛沫感染防御が必須です。マスクは飛沫を軽減させますが、ゼロにしてくれるわけではありません。したがって、鍔競り合いなどの至近距離での発声は禁忌といえますし、できるだけ発声は抑えて打突を行うよう心掛ける必要があります。

 また、マスクをして稽古する際には熱中症には十分留意いただきたく思います。近年、気温が上昇する傾向にあります。そういう意味でも従来の稽古法を見直す必要があると思います。稽古を行う前に、道場の気温や湿度を測定し熱中症のリスク度をチェックし情報を共有してください。そのリスク度に応じて稽古内容を変えるとか休憩の時間を変えるとか工夫が

必要です。いずれにしましても、従来の稽古をそのまま継続できると考えないでいただきたい。剣道においても『新しい生活様式』同様、『新しい稽古様式』を考えなければならないのです。

林医師 マスクについては、病院で使うN95マスクは運動をしなくても息苦しくなります。サージカルマスク(不織布マスク)では運動をすると息苦しくなり呼吸困難になる恐れがありますので、剣道用のマスクに付け替えるようにしましょう。

 マスクの弊害についても知っておくことが大事です。マスクを装着すると熱中症や脱水の危険性も高まります。短く時間を区切って給水を小まめにとりましょう。息苦しい時に無理に続けた場合には、高齢者で不整脈を誘発することがあり、若者ではパニックとなることもあることを指導者は知っておくことも必要です。熱中症は暑熱順化すなわち慣れが大事です。汗をかくことで電解質のバランスがくずれ筋けいれんを起こしやすくなり、暑くなり血管がひろがることで血圧が下がってめまいがすることなどが最初の症状です。その前にだるさがあったりなど体調の変化を感じたりしたら無理をせず休みましょう。

 また、子どもの指導に当たっては、顔の表情が分かりにくくなるので、指導者や保護者はしっかりと注意を払い、看視するようにしましょう。道場の温度、湿度を記録しておくといいと思います。シールドは湿気が高いと曇りやすいので曇り止めをして視界を保つように工夫することも大事です。私はこれまでに30種類くらいのマスクを試してみました。マスクをつけての稽古にも慣れが必要です。また、新しい素材で作ったマスク、口の周りの空間をとった形状のマスクなどが出てきていますので、自分に合ったマスクを選んで使うようにするとよいでしょう。

―剣道の稽古に関するガイドラインはどのように活用すべきか?

末吉医師 医療には疾患ごとにガイドラインがあります。例えば、大腸癌、胃癌といった各疾患に対してガイドラインがあり、それに従って治療を行います。ガイドラインとは大まかな方針をコンパクトにまとめたものですが、抽象的でわかりにくいという側面があります。

 今回の全剣連のガイドラインも同様で、自分の場合はどうなのかということを具体的に想定しながら読み進めることが重要です。しかし、実際にガイドラインを読み解くには医学的な基礎知識が必要であり、とても難しいのが現状です。剣道をやっている医師などの専門家に助言を求めるのがよいと思います。

林医師 私もいくつかの疾患で学会のガイドライン作成委員として、ガイドラインを作成してきました。末吉先生がいわれるようにガイドラインはあくまでも大枠であって、実際にはそれにあてはまらない場合が多々あります。また、ガイドラインよりももっといい治療法がみつかるので、ガイドラインにいつまでもとらわれてやるというよりはどんどん新しくしていくことが必要で、剣道におけるガイドラインも同じだと思います。状況によって、ガイドラインをもとに実際に即したものを皆で共有していくことが大事です。

正しい知識と理解。ガイドラインの熟読を

―基本的な稽古参加に対するスタンスはどのように考えるべきか?



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