インタビュー 全日本剣道選手権大会

星子啓太インタビュー 2023年春

2023年4月17日
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2023.3 KENDOJIDAI

撮影=笹井タカマサ

星子啓太

ほしこ・けいた/平成10年鹿児島県生まれ。九州学院高から筑波大に進む。昨年2月より警視庁に奉職。全日本選手権優勝・3位、世界大会団体優勝、全国警察大会団体1部優勝・個人優勝など。剣道四段

「勝ちにいく」気持ちの大切さを知ったあの敗戦

 2022年、星子啓太選手にとって社会人1年目となったこのシーズン。自身にとっては激動の1年と感じたかもしれない。それほど多くの出来事があった。

「社会人になって環境が変わり、また、警察学校に入校しながら試合にも出させていただきました。環境になれるまで大変でしたが、実際に入校中には様々な方にサポートをいただいて剣道と両立させることができ、充実した1年を過ごすことができました」

 剣道に割ける時間は前年より減ったが、考え方を切り替え、柔軟に対応することができたようだ。「だからこそ、1回の稽古に対してより集中して取り組もうと思いましたし、余暇を使って剣道のことを考える時間が増えました。それは、今振り返ると自分にとってプラスになったと思います」

 新しい環境に対応しながら各種大会に臨んだ。全国警察大会(団体)では全勝賞で優勝に貢献、全国警察選手権(個人)では初出場初優勝と負けなし。さすがとしか言いようがない。しかし、自身にとってはその2大会の快挙よりも、連覇が期待された全日本選手権の敗戦が深く心に残っている。

「たしかに、警察の大会は大きな目標でありましたし、優勝できたことは大変光栄でした。しかし全日本選手権での1回戦負けが帳消しになることはないので、やはり悔しい1年だったな、と」

 少年時代からさまざまな全国大会で活躍してきた星子選手だが、緒戦で負けたことはこれまで中学生の時に1回しかない(しかも判定負けだった)。

「緒戦で一本を取られて敗退したのは初めてだったと思います。ただ、緒戦敗退が悔しいのではなく、これまでやってきた成果をどのようなかたちで出せたのか、ということが私にとって重要だったので、そこに一番心残りがあります」

 勝つことが目標だったはずの全日本選手権で「(優勝者だから)うまくみせよう、綺麗にみせよう」といった感情が強くなってしまい、その結果、実力を十分に出すことができなかったのでは、と振り返る。

「それが一番心残りです。試合前までに、やるべきことはやれたと思っています。正直、今振り返っても(事前に)他にできたかもしれない取り組みがあったのかはわかりません。また時間が経ったらわかってくることも出てくるかもしれませんが……」

 やはりそれだけ連覇は難しいということなのだろうか。

「ただ、私は『連覇は難しいから』という言葉で片付けたくない思いがあります。というのも、その答えが正しければ、連覇はできないことになってしまうからです」

 連覇は過去3人が達成しているのだから、絶対に不可能ということはないはずだ。今、本当に勝つために必要なことは何なのかを模索している。「今思うと、気持ちの部分が大きいのかな、と。心のどこかで連覇を意識してしまったかもしれませんが、それ以前に自分の弱さや強さを受け入れることもできていなかったですし、相手の強さを受け入れることもできていなかったと思います。『負けるのではないか』と心のどこかで思いながら対峙していたような……」

 相手や自分の持っている力や気持ちを冷静に判断できなかった。

「そういう部分でも『弱かったな』と。一日一日を試合に向けて大事に過ごし、最終的に『勝ちにいく』気持ちを忘れないことが、今自分ができる改善点だと思います。2月に入ればすぐ試合もありますので、気持ちを切り替えてやっていきたいです」

「勝ちにいく剣道をしたい」。自らを冷静に見つめ直した星子選手。彼ならば、また全国の舞台で目覚ましい活躍をみせてくれるに違いない、と感じさせてくれる力強い声だった。

3つの警察大会で優勝
星子啓太の鮮烈デビュー

 昨年2月から警察学校に入校し、さまざまな訓練や勉強に励む間に稽古を重ね、試合の準備をしてきたという星子選手。

「デビュー戦となった関東管区警察大会(6月・団体戦)があった時も入校中でした。なかなか稽古時間をつくるのが難しかったのですが、先生方の協力のおかげがあって戦うことができました」

 なんとしても結果だけでも出せれば、という思いだったという。選手としてのプレッシャーを感じつつも、それ以上に応援していただいていることへの感謝が、星子選手の原動力になっていた。

 10月の全国警察大会(団体・1部)では全勝賞を獲得する活躍ぶり。警視庁としても8年ぶりの復活優勝だった。

「全国警察大会前、国体で二本負けして正直不安が残っており、緒戦でもあまり良い試合ができなかったのですが、内村良一先生からもアドバイスをいただき、吹っ切ることができました。また、今回は5人制(1部は前年まで7人制だった)なので、ロースコアになる可能性が高く、『それなら前のポジションなので取りに行くしかない、どういう状況でも流れを変えてやろう』と思えました」

 全国警察大会での活躍は翌月に控えた全日本選手権の連覇を期待させるものだった。しかし、結果はまさかの緒戦敗退。これは堪えた。

「正直、身近な人たちともお話をしたのですが、なかなか気持ちを切り替えることが難しく、モチベーションを上げられませんでした。全日本選手権の反省で得た『勝ちにいく』という気持ちだけで戦うしかない、と腹をくくって臨みました」

 全日本選手権からわずか1か月、土壇場で気持ちを作りながら警察選手権に臨んだ。

「5回戦で上段を執る棈松さん(慎治・埼玉県警)と対戦しましたが、よぎったのは全日本選手権での敗退でした。あの時も上段の山下さん(雄輔・三重県警)に敗れたので、もしここで負けたら、もう自分は一生上段に勝てないのではないかと思い、必死でした」

 決勝の対戦相手は先輩の竹ノ内佑也選手。試合前には足が攣り体は限界だったが最後の力を振り絞った。

「お世話になっている先輩ですが、一人の対戦相手として見ないといけないのかな、と。『掛かる気持ちで』『胸を借りる気持ち』では心の弱さが出るのではと思い、それは意識していました」

 決まった一本は小手。うまく当てよう、など思わず、ここだという機会に思い切って打った。「優勝しましたが、私の中ではあまり実感はありません。反省などを振り返ることはありますが……」

 3つの警察大会で優勝と最高の結果を出したが、星子選手自身にとっては全日本選手権のことが深く心に残っており、手放しで喜ぶことはない。気を引き締めて来年度の試合に臨んでいく。

警察学校での1年が力を与えてくれた

 昨年2月に警察学校に入校して以来、時間の合間を縫って稽古をしてきたという。学生の頃や昨シーズンは思う存分稽古を行なう時間があったが、今期はどのように時間をつくってきたのか。

「1日を使って訓練や授業が行なわれますので、時間をつくるとなるとその前後になります。先生方がご協力して下さったおかげで、稽古することができました。朝7時15分から45分までの30分間、警察学校の助教の先生方が稽古をつけて下さいましたし、特練員の先生方もこちらに来て下さったことがありました。また、時間がある時には夕方5時半から6時までも稽古できました」

 朝も夕方も、たった30分。しかし、その短時間の稽古が「よかった」のだという。

「今までのような長時間を使った調整はできませんが、短い時間だからこそ、また、先生方に稽古をいただいたからこそプラスになった面が沢山あったと感じています」

 稽古では打ち込みや地稽古を行なったそうだが、どのような点がプラスになったのだろうか。

「時間をつくって、求めて稽古をすることができたという点です。時間が十分にあった学生時代、十分にあるからこそ余裕があって、目的意識が薄れてしまうことがありました。時間が短いからこそ『勝ちたいからやりたい』と自分から思って稽古ができることは大切だと実感しました」

 与えられた環境下で充実した稽古を行なえることも大事だが、求める稽古で得られることも多い。「打ち込み稽古が10分ほど、その後に地稽古をするというかたちです。『下がらない』『手元を上げない』『腰から打つ』といった基本的なポイントに重点を置きながら自由にやらせていただいたので、とても充実していました。稽古ができないからこそ試合に対するモチベーションが上がって、その分工夫しようと考えるようになります。そうすると体もよく動いていました」

 稽古が充実していた学生時代ではできない経験をすることができたのかもしれない。

「警察学校での訓練は、時に体力的にハードなものが続くこともありましたが、教官方や仲間の支えもあって乗り越えることができました」

 試合に出ている間の授業については、警察学校の同期たちからノートを見せてもらうなど内容を教えてもらった他、当番を代わってもらうなど助けてもらった。また、教官方も、同期たちにそのような協力の呼びかけをして下さった他、稽古環境を整えて下さったという。

「『皆さんのおかげで試合ができた』という思いが強いです。最初は友達ができるか不安でしたが、実際に入ってみると皆いい人で、助けてもらいましたし、すごく楽しい生活でした。警察学校というとハードなイメージがありますが、皆で乗り越えていこう、取り組んでいこうとする『そこにしかない絆』があるのだと思います。社会人になってこのような経験ができたことに感謝しかありません」

 警察学校での約1年の生活は、星子選手にさまざまな経験を与え、そして大事な思い出となったようだ。

まだまだ足りない部分が沢山ある
強くなりたい

 24歳にして全国警察大会団体・個人、世界大会団体優勝、全日本選手権優勝と、数々の最高峰の大会を制覇している星子選手。今後、彼の目はどこに向くのだろうか。

「『あとは世界大会の個人優勝だけだね』と言っていただいたことがあります。たしかに(まだ取れていないタイトルについては)その通りなのですが、私自身はそこ(すべてのタイトルを獲ること)が目標ではないと感じています」

 警視庁に奉職する前までは、幼い頃からの目標だった全日本選手権3連覇だけを見据えてやってきていた。しかし、今シーズンを通して「自分にはまだまだできていないことが沢山ある」と実感したという。

「先生方の稽古を拝見して、『自分には足らない部分が沢山ある』と実感しました。『以前よりも下がらなくなった』『間合の駆け引きが特徴的だったけど、変わったね』とよく言われるのですが、自分の中で意識をして、変えなければいけない部分について取り組んだ成果だと思います。警視庁で剣道を学ばせていただいている意味がそこにあるのではと感じています。自分の剣道において変えるべき部分について取り組み、そして結果を出すことが、今後の展望になってくるのではと感じます」

 まずは各種全国大会の予選、2月には全日本都道府県対抗大会の東京都予選が控えている。

「有望な後輩たちもどんどん入ってきますし、他職業の強い方々もいらっしゃいますから、難しい道のりだとは思いますが、稽古に励み、学ぶべき点を学んで警察大会・全日本選手権にふたたび挑戦したいと思います」

 社会人1年目、2022年のシーズンの出来事は星子選手にとって視野を広げる貴重な経験となった。全日本選手権3連覇という目標、そしてさらなる高みを目指して歩み続ける。

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