インタビュー

栄花直輝 名古屋八段戦 優勝インタビュー

2023年8月14日

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2023.8 KENDOJIDAI

写真=笹井タカマサ

栄花直輝 

えいが・なおき/昭和42年北海道喜茂別町生まれ、55歳。東海大第四高(現東海大札幌)から東海大に進み、卒業後北海道警察に奉職。全日本選手権優勝、世界大会団体優勝3回・個人優勝、全日本都道府県対抗大会優勝、全日本選抜七段選手権優勝2回(熊本)、中倉旗(内閣総理大臣杯)選手権大会優勝など。名古屋八段戦においては4年前の2019年に初優勝。昨年2回目の出場で3位、そして今回2度目の優勝を果たした。現在、北海道警察本部教養課術科指導室長、北海道大学剣道部師範など。剣道教士八段

八段としての剣道を表現し
周囲の期待に応える

 2023年4月の全日本選抜八段優勝大会(名古屋八段戦)は、栄花直輝教士が4年ぶり2度目の栄冠を手にして幕を閉じた。新型コロナウイルス流行にともない、2020年・2021年と、稽古を自粛する期間を経て、ふたたびの優勝となった。

 1年あまり面を着けないというのは、栄花教士にとっても初めての経験だったのではないだろうか。そのような期間を経て、どのような気持ちで八段戦に挑戦していたのだろうか。

「昨年は怪我もあったため、初出場のつもりで挑戦しました。試合に臨むにあたって念頭に置いていたことが二つあります。まず一つは『八段としての剣道を表現したい』ということ。そしてもう一つは、『周りの方々から栄花直輝にかけていただいている期待に応えたい』ということ。最近の稽古においてはこの二つを胸に、できるだけのことを行なってきました」

 八段戦は選ばれた選手のみが出場できる大会であり、選出されることは大変名誉なことだ。八段位にふさわしい、恥ずかしくない試合をしたいと同時に、全日本選手権や世界大会といった大試合でことごとく勝利をおさめてきた栄花教士に注がれる期待に応えたいという思いがある。

「前回の優勝の際は、初陣でありました。その後、稽古ができない時期が続きましたが、その中でも『今、自分がやるべきこと』を見据えてできる限りのことを行なおうと取り組んでいました。調子が良い・悪いということについてはあまり考えず、怪我をしないこと、そしてどのような環境下であっても普段通りに臨めるかどうか。この2つが大切であると思います」

 江藤善久教士、佐藤誠教士、堀江範雄教士、寺地賢二郎教士ら、警察出身の一流剣士との対戦を経て、決勝では初出場の愛甲和彦教士と相見えた。「決勝戦でありますし、真っ向勝負ができればと考えていましたが、愛甲先生はその気持ちに応えて下さいました。自分としては反省もある大会でしたが、優勝をさせていただき、ぎりぎり合格点をつけられれば……と思います」

 先の気で攻め込む愛甲教士に面二本を決めての優勝だった。

「試合のところどころで、相手の攻めなどに対しハッとするところ、ぐっと力が入ってしまうところがありました。振り返ると、『なぜあの場面で我慢をしてしまったのか、違う選択があったのではないか』など、思うところが沢山出てきます。今回の八段戦に限らず、すべての試合においても同様で、試合では『正しい剣道で勝たないといけない、負けられない』といった感情が出て、ややもすると普段通りの動きができなくなることがあります。そのような感情を持つのは悪くないことですが、出過ぎないようにどこまで抑えられるのか、これは試合だからこそ学ぶことができると思います。八段戦という舞台で、素晴らしい先生方と竹刀を交える経験をいただき、あらためて多くのものを与えてくれる素晴らしい大会だと感じました」

栄花直輝としての矜持と
周囲の後押しが力になる

 稽古や試合が行なえるようになった現在も、新型コロナウイルス流行の余波は大きい。とくに警察剣道の世界においては、面を着けての稽古や試合を自粛していた期間が2年あまりと長かった。心理的な影響、とくに試合に対する不安などはなかったのだろうか。

 そのような問いかけに、栄花教士はこう答えた。「自粛期間の中で『自分が今これをやるべきだ』と判断したことに対して振り切って行なうことが大切ではないかと思います」

 自粛期間中、稽古はできなかったが、トレーニングや読書で知識を蓄えるなど、何かしらやれることはある。今までにない事態に対しもっとも適切な対処ができるのは、若手の頃からの経験があってこそだった。

 栄花教士の場合、北海道警察に奉職後剣道特練員を歳までつとめあげ、その後指導者の道へと進んだ。特練員時代は全日本選手権や世界大会などで優勝、多くの感動を見せてくれたが、実は、稽古量については勤務の合間に行なうので「警察剣道=毎日稽古ができる」というわけでは決してない。急な出動もある。そのような経験を経て工夫によって稽古量を補うノウハウを構築してきた。「私の場合、北海道警察に奉職後仕事を行ないながら稽古を積んできました。学生時代のように稽古時間が毎日確保できているわけではなく、常に求めて稽古をする状況でした。だからこそ『今やるべきこと・できることに全力で取り組むこと』が必要になると考えました」

 このような経験はコロナ禍においても役に立った。稽古ができないことにとらわれるのではなく、やるべきこと・やれることに注力しようとサッと気持ちを切り替えることができる。一流の剣道家は技術だけでなく、日々の稽古に対する取り組み方・気持ちのつくり方においても一流なのだろう。

 栄花教士が常に活躍し続けられる原動力についても聞いてみた。「周囲の支え」と、そして「常に強い人であってほしいと期待をかけられる『栄花直輝』としてのプライド」、この2つが大きいという。

「それらがないと、ここまで続けられなかったかもしれません。大げさかもしれませんが、周囲の方々から求められている『栄花直輝』を全うするのは自分の責任・使命であると感じています。(目標をめざすにあたり)人事を尽くして天命を待つのではなく、『天命を信じて人事を尽くす』という思いで取り組んでいます」

「天命にまかせるのではなく、天命を信じて最後まで成し遂げなければ」という、暗示にも似た強い意志で日々稽古・試合と向き合っているという。その強い思いに支えられ、数々の大会で優勝をおさめてきた。

「仕事においても剣道においても、私なりの目標や目的があります。それぞれに向かって、できる範囲でできるだけの表現をしたいと感じています」

人に合わせた指導で
本番で最高の力を発揮させる

モチベーション維持の話は、指導の場面にも及んだ。

「若い頃は、失敗・成功を考える前に無我夢中で夢を追っていました。中倉旗、全日本選手権、世界大会と大きな大会で優勝させていただいた時、夢を達成してしまい、燃え尽き症候群に似た虚脱感がありました。それで色々と試行錯誤していくうちに、次の目標が『人材育成や剣道界に貢献すること』に変わっていきました」

 現在、栄花教士は北海道警察教養課術科指導室長として警察官の指導にあたるが、警察の枠を超えて一般剣道愛好家や少年に指導を行なっている。「警察本部での指導を行なうほか、一般の剣道クラブ、師範をつとめている北海道大学剣道部、札幌剣道連盟の朝稽古や講習会などで面を着ける機会があります。指導においては、対象者の年齢や立場によって目標が異なるので、なんとなくその人が求めているものに近づけるよう稽古を行なうようにしています。また、指導の場においては、なるべく全員に声かけできるようにします」「あの栄花直輝先生」から声をかけられれば、モチベーションアップになるのは間違いないだろう。

「実績がなかった若手時代、まだまだ名前が売れておらず、道外に出る機会があっても上の先生方からあまり声掛けをしてもらえなかった経験がありました。その悔しさをバネに稽古に励んだものです。そのことがあって、なるべく声を掛けるようにしていますが、声掛けというものはモチベーションと密接な関連があると実感します。若い頃の経験が指導にも生きていますので、すべては無駄ではないと思います」

アドバイスの内容は、剣道の技術のみならず、取り組み方やモチベーションの高め方など多岐にわたる。

「若い世代は稽古を積んで地力をつける時期ですが、面を着けての稽古を行なわなければ技術が伸びないわけではありません。イメージトレーニングや素振り・ウエイトトレーニングなどで補うこともできます。例えば、先日のコロナ騒動のようにイレギュラーなことがあって稽古ができなくても、気落ちしたままでは剣道への気持ちがしぼんでしまいます。気持ちの持ち直し方や稽古以外の強化について気付かせる工夫が必要です」

 指導者は後進の様子をよく見て、適切な指導を行なう必要がある、と語る。

「言葉の力が効力を発揮するには、その人との相性や語気の強弱、言葉がけのタイミングなどさまざまなポイントがあります。本番でパフォーマンスを最大限に発揮するためにどのような準備を行なうのか、その考えがきちんと構築できていないと、十分な実力があっても目標を達成できないかもしれません。ですから、『怪我をしないこと』『迷わず、パフォーマンスを発揮すること』といった基本的なことが大切になると思います。どうしても『相手の攻めが予想外だった』など、現象面にとらわれて(冷静に考えれば対処できるのに)迷いが生じる時があり、いつもの動きができなくなります。後悔をしないためにも、やるべき準備を十分に行なって本番に臨みたいものです」

剣道は一人ではできない
多くの人に感謝

 昨年4年ぶりに行なわれた全国警察大会(団体戦)において、北海道警察は1部準優勝を果たした。主将である地白允大選手を中心に、念願の1部優勝に向けて新たにスタートを切っている。「皆仕事も剣道も真面目に、熱心に取り組んでいます。私の若い頃を思うと、今の特練員たちはしっかりしているなあと感じ、頼もしい限りです。現在の特練員たちの目標は警察大会をはじめとする各種大会で優勝することです。今年4月からは畠山拓士先生が監督に就任しました。5年後、10年後にも良いチームがつくれるよう、長期スパンで協力をしていく体制をつくっています」

 彼らをバックアップするために、時には話を聞き激励なども行なう。組織の中にいる人たちとさかんに意思疎通を行ない、支え合うことが、結果に結びつくと考えている。

「私もそうですが、剣道は一人では強くなれません。私の場合で言えば、家族や同僚、ご指導いただいた先生方、同級生の増田健一(埼玉)、茂木良文(群馬)らの存在が本当に励みになりました。一人では剣道を続けていなかったかもしれません」

 これまでの剣道人生の中で多くの方と関わってきた。感謝の思いを忘れず、そして挑戦の気持ちを持ち続け、今後も剣の道を歩んでいく。

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