インタビュー

自分で作る道 (クリストファー E・J ヤング)

2019年11月27日
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クリストファー・ヤング
1978年8月生まれ。トーランス剣道道場にて剣道を8歳で始める。カリフォルニア大学バークレー校(2000)とジョージタウン・ロースクール(2003)卒業。大学時代は筑波大学に留学し、筑波大剣道部入部。現在は北米トヨタ自動車のVice President、北米トヨタコネクテッドのGeneral Counsel. 世界剣道選手権大会には1997年(京都開幕)で初出場、2015年に開幕された16回世界大会まで7大会連続で出場、団体戦二位(2回)・三位(3回)・個人戦ベスト8(2回)・敢闘賞(7回)を記録した。剣道教士七段。

私の名前が初めて剣道雑誌に掲載された時のことを、今でも鮮明に覚えています。 誰かが雑誌に投稿した1994年のアメリカ剣道選手権大会に関する記事が、私の剣道雑誌へのデビューでした。もう25年以上も昔のことです。光沢のある表紙を開き、雑誌の95%をさっとめくり、雑誌の後ろのページに私のチームの小さなぼやけた写真を見つけました。白黒のセクションには注意書きとして私の名前がカタカナで記載されていました。
この記事を読むと、私は思わず微笑んでしまいます。でも当時は、世界を征服したような気持ちになっていました。それ以来、剣道の雑誌には剣士たちのモチベーションを上げ、団結させ、さらに剣道を好きになってもらう特別な力があると信じてきました。

『剣道時代』を始めとする剣道雑誌は、剣道の知識や情報を日本の剣士たちに広めるために作られました。しかし、日本以外の世界中の剣士に剣道の知識を伝え、豊かにしていく上での影響力については予測できなかったのではないでしょうか。世界剣道選手権大会に参加する特権を持つ外国人剣士たちは、『剣道時代』に試合が特集される日を辛抱強く待ちました。そして自分たちが記事に特集されたり、試合の写真が掲載されることを願って、雑誌を注意深く読み込みました。

世界剣道選手権大会に参加したことのない剣士でさえも、お気に入りの先生が特集された記事を翻訳しようとしたり、技術を習得するために写真(構えてから技を打つまでの段階的な写真)と記事をよく読み、研究しました。

私自身は、尊敬する先生とのインタビューを読むために漢字を調べたことや、憧れの剣士の人生物語からインスパイアされたのをよく覚えています。要するに、剣道雑誌は外国人剣士たちの剣道人生に大きな影響を与えているのです。

私が30年以上前に剣道を始めた時、剣道は日本人か日本に起源を持つ人々がするものと考えられていました。アメリカにさえ、外国人剣士はほとんどいなかったのです。

私が初めて試合に出た時、中国人の父親の名前であるYangの代わりに、自分の母の日本の旧姓を防具に使用するようプレッシャーをかけられました。自分の名前を使うことに誇りを持てないのであれば、剣道をやめるべきだと父は言い、その夜、私たち家族は大げんかをしました。 これは私に限った経験かもしれませんが、この出来事から言えることは、当時、外国人剣士は非常に珍しかったということです。

ある意味、情熱を捧げる対象に剣道を選んだことは変わっているかもしれません。多くの外国人剣士が同じ経験をしているのではないでしょうか。私たちは、仕事やお金、家族や友人たちとの時間を犠牲にして、剣道を追求する道を歩んでいます。

自国ではあまり普及しているとは言い難い芸術(武道)を選んだことで、「変わっている」と見られた経験もあるはずです。多くの外国人剣士が、こういった質問に答えなければならなかったはずです。「剣道とは何ですか?空手のようなものでしょうか」「ああ、剣道、うん。棒を使う競技でしょ?」「剣道のせいで学校のダンスパーティーに行けないって?どういうこと?」。

そしてこれは私のお気に入りの質問です。「私と剣道、どっちが大事なの?」

私は、自分の個性を誇りに思っています。しかし、自分が”違う”という事実を受け入れ、誇る勇気を見出すまでには何年もかかりました。過去20年、Robert Frost氏の詩を部屋の壁に貼り出していました。その最後の部分は、下記のように謳っています。

ぼくが ため息をつきながら この話をするのは
ずうっと未来の どこか知らない場所でのことになるでしょう
森のなかでの分かれ道
ぼくが選んだのは 人の通っていないほう
そうでなければ すべては すっかり違っていたはずさ

The Road Not Taken by Robert Frost

私は詩を書きません。これは私が知っている唯一の詩です。でも、この言葉に私は強く共感しました。自分の心の声を信じ、自分自身の道を歩んでいくのに、必要な自信を与えてくれました。ある意味、すべての外国人剣士がこの詩に関連していると感じています。私たちは”自分で作る道”を剣道人生において選んだのです。

今日に到るまで、剣道も大規模なグローバリゼーションを経験しました。世界中の剣士達が剣道を自分たちの「道」や「思想」として受け入れることを誇りに思っています。 驚くべきことに、私を含む外国人剣士たちは外国の地で稽古をする時でさえ、この日本特有の伝統的な剣道を尊重し大切にすることができます。

感謝、忍耐、基本、礼儀の概念は、外国人の生活のほとんどの側面には存在しないかもしれませんが、外国人の剣士によって確実に受け入れられ、大切にされます。 日本の剣士は、外国人剣士たちの剣道への献身と情熱を認め、尊敬さえするようになったのではないでしょうか。

数ヵ月前、『剣道時代』から英語のオンラインマガジンへのコラムの寄稿をご依頼いただきました。日本語として、紙の雑誌にも翻訳されます。 私を知っている人は、私が世間の注目を集めることを好んでいないと知っているでしょう。しかし、雑誌へのコラム寄稿の対象として、私のような引退したアマチュア選手を思い浮かべ、依頼してくれたことをとても名誉に思います。

さらに、私はこのコラムに対する『剣道時代』の希望に感動しました。

1)外国人剣士の視点から、共通の経験や学びを共有することで、世界の剣士たちの絆を強化すること
2)外国人剣士たちの挑戦と、彼らが持つユニークな経験に対する日本の意識を高めること

これら2つの大きな目標を胸に、私が世界剣道で30年以上にわたって経験したことや考えを共有したいと思います。 今の私を作ってくれた道である剣道に「恩返し」するために、最善を尽くして私の役割を果たしましょう。どうか、お付き合いいただけますと幸いです。

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