2018.9 KENDOJIDAI
少子化、部活動における教員の負担増といった諸問題は、剣道界にも大きな影響を及ぼしている。今後、剣道を続ける子どもを増やすためには、一体どうすべきか。
2020年、東京オリンピック・パラリンピック大会以降も地域におけるスポーツ推進のエンジンとなる「総合型地域スポーツクラブ」に関心が集まっている。
スポーツを通して地域の発展を目指している榎敏弘教士七段(一般社団法人地域スポーツシステム研究所所長、障害者ビジネススクール・カラフル金沢代表)に、あたらしい剣道環境のシステムの可能性を聞いた。剣道を気軽に続けられる環境が整えば、剣道を始める・続ける子どもが増える―。
プロフィール
榎 敏弘(えのき・としひろ)/昭和38年石川県羽咋市出身。羽咋高から富山大に進み、卒業後教員となる。のちに金沢大学大学院修了。現在、地域スポーツシステム研究所所長、障害者ビジネススクール・カラフル金沢代表、宇ノ気中学校外部指導者。剣道教士七段
新しい剣道環境システム、総合型地域スポーツクラブの活用
近年、中学・高校の部活動について、教員の負担が大きな話題になっている。
「部活動というシステム改善が必要なのではないか」という声が高まる中、「総合型地域スポーツクラブ」というシステムが注目を集めるようになった。
これは、従来の行政による無償の公共サービスではなく、地域住民が出し合う会費や寄付、事業収入(教室の運営など)などによって自主的に運営するNPO型のコミュニティスポーツクラブが主体となって地域のスポーツ環境を形成する。
幅広い世代の人々がスポーツに親しむ、あるいは競技力を高める環境を整えることにつながると、大きな期待が寄せられている。
「もっと強くなりたい、でも通学先に指導者がおらず、部活動も熱心ではない」という中高生たちにとって、上達に必須である「良質な知識と指導力をもった指導者、練習場所、時間の確保、部員の確保」といった課題を解決する糸口になるだろう。
良質な稽古環境には魅力があり、自然と人が集まる。そして、中高生のみならず全世代を受け入れる受け皿があれば、自然と剣道を続けていけるだろう。
榎敏弘教士は、この「総合型地域スポーツクラブ」のシステムを活用し、一般社団法人地域スポーツシステム研究所(PSI)、障害者ビジネススクール・カラフル金沢を立ち上げた。
現在、同研究所の総合型地域スポーツクラブ「ジョイナス」では、野球、バレーボール、バスケットボールなどの教室を金沢市内におよそ20教室展開している(剣道は今後展開予定)。
もともと、石川県の中学校教員だった榎教士。宇ノ気中赴任時代には全国優勝に導いた経験を持つ。転機は11年間宇ノ気中に勤めた後、県教育委員会に着任した平成12年にあった。
「派遣社会教育主事や指導主事として教育行政(生涯学習・生涯スポーツ)にたずさわる機会がありました. 今まで部活指導一本でやってきましたが、教育行政に携わる中で部活動の限界を感じるようになりました。それで平成14年にボランティアでNPO法人クラブパレットを設立し、陸上、サッカー、剣道などの教室を展開しました」
クラブパレットのゼネラルマネージャーとして会員およそ3000名、事業規模1億円の組織に育てたが、これは教員と二足の草鞋で行なっていた。本腰を入れて新しいスポーツ環境のしくみを作ろうと、平成25年、教員を辞め、地域スポーツシステム研究所、平成28年、障害者ビジネススクール・カラフル金沢を立ち上げた。
どちらも一般社団法人。従来のスポーツスクールと違うのは、地域とのコミュニティを強く持った、スポーツの中間支援組織という顔であるということ。
「21世紀を子どもたちの将来のために明るい豊かな地域にしたいという思いと、NPOという領域でクラブパレットの若者たちはそこの専属のスタッフとして自分の人生を賭けて仕事をしているのに、安定した公務員という身である後ろめたさがあり、代表が崖っぷちにたたずしてリーダーではないのではないか、という思いで教員を辞め、地域プロデューサーとして地域のスポーツに携わろうと決意しました。
小学3年生の時父が交通事故の為身体障害者となったこともあり、障害者スポーツにも関心があり、携わるようになりました」
子どもが少ないから剣道人口が減るのではなく、他競技の方に魅力があると思われるから、そちらに人が流れる。「剣道は敷居が高い武道だから人が集まらなくてもいいや、ではいけないと思います。
私自身は、他の競技と比べても剣道は大変に魅力があると思います。こんな時代だからこそ、剣道の精神性が求められると思います。あとは、どこに魅力があるのかをわかってもらえるかどうかではないでしょうか」と、榎敏弘教士は語る。
スポーツをシゴトにする、プロの剣道指導者の育成
スポーツクラブが充実した運営を行なうためには、大きな課題が二つある。良質な指導者を確保するという点、そして、子どもに剣道の魅力を伝える力、いわば集客力。
「まず、鍵となるのは指導者育成になると思います。現在、剣道指導に携わっている方々は、ほとんどがボランティアで活動しています。いわゆる、『善い人たち』の善意で成り立っています。
とくに少年剣道においては善意の人ではない、資質・能力をもったプロの指導者がほぼいませんし、そうしたプロを育てる仕組みもありません。そうした背景には、剣道界全体に、人・物・お金をマネージメントするという考え方が育ってこなかったという事があります」
剣道界の暗黙の了解としてある、「儲けてはいけない」という考え方。「先生方から、善意によって教えていただいた技術、心構えなどを、お金を貰って行なう」といった罪悪感や「真剣勝負である剣道にお金をからめること」への嫌悪感などの潜在意識があるからだろう。
働きながら余暇を利用して剣道指導を行なうには、必要な能力(技術、知識)を養う時間が足りない。ご存じの通り、剣道は高い巧緻性を必要とする武道であり、一つ一つの動作は一長一短に身に付けられるものではない。
その他、コーチングの技術や剣道に関する知識、子どもの成長に関する知識なども、本腰を入れて学ばなければなかなか身に付かないものだ。
指導者を養成する環境をつくり活躍の場を提供する仕組み作りが大切ではないかと榎教士は考える。
「『剣道で飯を食う』ということは、剣道をやる人にとってある種の夢です。今だと、警察・教員以外には防具屋さん、あとは道場経営といったイメージを抱く方が多いでしょうか。とくに道場経営は大変で、会員の確保の他にも道場の維持費や相続税などの問題があります。
そこで、指導のプロはどうだろうか、と考えました。私どもでは野球、バレーボール、バスケットボールについては専門的な知識と技術をもった指導者が専属で1名ずつおります。彼らは競技を専門的にやってきていますが、それに加えて指導者として必要な知識やコーチング・メンタルトレーニングの技術を学んでもらいました。
今後、剣道教室も展開していきたいと考えていますが、それにともなって『剣道で飯を食う』指導者を育てたいとも考えています」
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