2023.10 KENDOJIDAI
構成=寺岡智之
撮影=杉能信介
「ため」という非常に難解な技術を明快に話してくれたのが、現在千葉県警察で後進の指導にあたっている全日本選手権者の鈴木剛教士八段だ。「ためを実践するには合気になる必要があり、合気の中で生まれたためが打突の好機をつくります」。指導者としても実績豊富な鈴木教士に、ためとそこからつながる打ち切った打突について解説いただいた―。
鈴木 剛教士八段
すずき・つよし/昭和47年生まれ、千葉県出身。安房高校から法政大学を経て、千葉県警察に奉職する。第52回全日本選手権大会優勝ほか、全日本選抜七段選手権大会2位、全日本東西対抗大会出場、国体2位などの実績がある。現在は千葉県警察学校剣道師範兼校長補佐として後進の指導にあたりながら、上の台剣友会の統括顧問として少年指導にも携わっている。剣道教士八段
ためは「合気」と「我慢」
「ため」や「打ち切り」は、とても難しいテーマであるとともに、剣道家としてつねに求めていきたい技術であると言えます。私も修行中の身ですから、どこまでうまく伝えられるかは分かりませんが、これまでの試合者や指導者としての経験から、私の思う「ため」と「打ち切り」についてお話させていただければと思います。
剣道は相手を動かして打つことが大切だと言われます。では、どのようにすれば相手を動かすことができるのか。ここで大事になってくるのが「ため」です。「ため」によって相手の心が動き、それが動作となって表われたとき、打突の好機が生まれてくるのだと思います。「ため」というと非常に難しい概念のように聞こえますが、私は「ため」とは「合気」と「我慢」であると考えています。合気になって相手とやりとりをしながら間を詰め、お互いが一歩も退けないところで我慢をしあう。我慢比べに負けた方が先に打ち出し、相手に打突の好機を与えてしまうわけです。
「合気」も「ため」と同じく非常に曖昧な言葉ですが、私は合気とは、お互いが糸を引っ張りあった状態であると考えています。お互いが糸を引っ張りあったような張り詰めた状態になると、相手のわずかな動きも手に取るように分かります。緊張感の中でどちらもが打突の機会を探っている状態、これが合気です。そして「我慢」とは、その糸は張り詰めた状態をどれだけ維持できるかということです。緊張した状態での攻め合いは、お互いに心も体もきついものです。いずれはどちらかが緊張に耐えられず、フッと気を抜いてしまう瞬間が出てくる。この一瞬が打突の好機となるわけです。
合気の稽古を実践することで
どんな相手でもためが実感できる
私は八段審査に臨むにあたって、とにかく相手を動かすことを、相手のわずかな心と体の動きを読み取ることを念頭に稽古に取り組みました。相手を動かすとは、合気での我慢比べから、相手が先に動き出す状況をつくるということです。昇段審査においては、相手を打つことと合格を手にすることは決して一致しないと考えています。なぜなら、審査員は打ったという事象を見ているのではなく、攻め合いから打突に至るまでの過程を見ていると思うからです。
もう少し分かりやすく説明するなら、たとえば一方的に相手を打ち込んだ試合は、打ち込んだ側が「強い」と評価されることはあっても、「良い試合だった」と評価されることはないでしょう。これでは昇段は叶いません。お互いが緊張感のある微妙な駆け引きを行なう中で、相手の心を動かして崩し、隙を逃さずに打ち込む。こんな過程を表現することができれば、審査員も「良い立合だった」と評価し、合格へと近づいていくはずです。
ちょうど私が八段審査を受審するタイミングは、東京オリンピックが重なりまったく稽古ができない時期でした。そもそも、特練員を引退して指導者となってからは稽古の回数も激減し、大人との稽古はできても週に一回あるかないかです。そんなとき、唯一毎週稽古できる場が、上の台剣友会での少年指導でした。八段審査に向けた稽古を少年指導の場で重ねるのは、普通に考えれば無理があります。しかし、合格を目指すためには一回一回の稽古をできる限り充実したものにしていかなければなりません。ですから、少年剣士相手でも合気を意識して稽古をしたわけですが、これが想像以上に良い稽古になりました。私と少年剣士には、当然のことながら大きな力の開きがあります。打とうと思えば簡単に打てるわけですが、そこで安易に打ち出していくのではなく、気持ちを合わせて攻め合うことを実践したのです。すると少年剣士の心の動きがだんだんと読めるようになってきて、大人の稽古と変わらない充実感を得ることができるようになっていきました。
実際の審査では、2度目の挑戦で合格をいただくことができました。1度目は自分でも分かるくらいバタバタとした立合になってしまい、1次審査を終えてすぐさま剣道具を片付けるような始末でしたが、2度目は納得のいく手応えで審査を終えることができました。触刃の間から一足一刀の間に入るところで相手よりも自分の方が我慢することができ、ためて打つことができたという実感がありました。
下半身の作用に意識を置く
「ため」によって相手の心を動かし、打突の好機を見出すことができたのならば、あとは打突を打ち切っていくことが大切になります。打ち切った打突を身に着けるために、私が審査前に行なったのが近間からの打ち込みです。
前述したように、合気での我慢比べでためを実践しようとすると、どうしても間合が近くなっていきます。その距離からでもしっかりと体を出して突き抜けられるような打突を身に着けることは、合格への必須事項だと考えていました。通常、遠間や一足一刀の間合から打ち込み稽古を行ないます。しかし、実戦の場では必ずしも同じ状況になるとは限りません。自分が打突の機会だと感じたときに、相手がサッと間合を詰めてくることだってあるでしょう。そんなとき、間合が近いからといっていつもと違う打ちをしていてはダメで、つねに一定のかたちで相手を打ち込むことができるように稽古を重ねました。
私がよく少年剣士に言うのは、「自分の得意な間合ばかりで稽古をしていてはダメだ」ということです。得意な場面でしか技を出せないようでは、打突の機会は圧倒的に少なくなりますし、試合で勝ち上がっていくことはできません。どんな状況下でも打ち込める臨機応変さを備えておくと、一気に剣道の幅が広がると思います。
では、どのようにすれば打ち切った打突を実践できるかですが、ここで大事になるのが下半身だと私は考えています。打ち切るというと手の内の作用など、上半身が重要だと思われがちですが、私は下半身にこそ、打ち切るための大事な要素が詰まっていると思います。左足での踏み切りから、腰から体を出して打突し、すぐさま左足を引きつけて体勢を整える。この一連の動作が素早くできてこそ、打ち切った打突が実践できます。近間になればこの動作を短い時間で終えなければなりません。これが非常に難しく、だからこそ近間からの打突を稽古する必要があると考えたわけです。
一連の動作が身についてくると、怖がらずに相手の間合に入っていくことができるようになります。そのとき相手と合気になることができれば、誰もが認める一本につながっていくことでしょう。
*
剣道は対人競技であり、相手がいてこそ成立するものです。決して自分本位にならず、剣先を通した相手との会話に耳を傾けることが大切です。今回のテーマである「ため」は、まさに相手がいるからこそ生み出される技術であり、普段の稽古から相手の心を読むことを意識しておくと、稽古が充実して必ず上達へとつながっていくと思います。加えて、普段の生活においても、相手がどう思うかを考えながら行動すること。それが当たり前になってくると、剣道においてもその意識が活かされて、さらに相手の心を読むことが容易になっていきます。ぜひ実践してもらえればと思います。
ため
残りの記事は 剣道時代インターナショナル 有料会員の方のみご覧いただけます
No Comments