KENDOJIDAI 2024.3
写真=笹井タカマサ
2023年の剣道界を彩った3人の若手剣道家たち。第一線を走る彼らは何故強いのか。一流の一流たる由縁にせまる。
松﨑賢士郎
まつざき・けんしろう/平成10年長崎県生まれ。島原高から筑波大に進学し、卒業後は同大学院に進み現在博士課程1年、茗渓学園中高非常勤講師・同剣道部コーチ、広尾学園中高剣道部コーチ。全日本選手権優勝1回2位2回、ワールドコンバットゲームズ優勝など。剣道五段
経験を次につなげる
2023年11月3日、全日本選手権の決勝へとふたたび駆け上がった松﨑選手。3年ぶりの決勝戦だった。
「今後の剣道の目標を考えた時、今回の全日本選手権、世界大会、そして来年の全日本選手権の3つを獲ることをテーマに考えていました。そのためにどのような過程を進めばいいか試行錯誤してきました」
全日本選手権から先立つこと5日、10月29日にサウジアラビアで行なわれたワールドコンバットゲームズ(国際競技連盟連合・GAISF主催)で優勝。帰国したのは1日夜。その翌日2日は全日本選手権の選手打ち合わせ会議であったため、午後に稽古をする時間はあったものの、十分にはできなかったという。
「コンバットゲームズから帰国して、時差ボケもある中しっかりと稽古が出来なかったことは不安でしたが、それは想定内でしたので、その中でもできる限り戦おうと考えていました。1回戦、2回戦では本来の試合感覚が戻らず変な感じがしましたが、焦らずできたのが良かったのかもしれません」
3回戦、準々決勝と、徐々に本来の試合感覚が戻っていったという。準決勝では筑波大の同期生である星子選手と対戦。星子選手とは年齢、実績が似ており、よく比較されるという。
「日本一をめざす上では避けられない相手です。直前のコンバットゲームズでも対戦していましたし、どちらが勝つかわからない試合展開になると予想していました。一瞬の油断もできない相手ですし、作戦や戦略など立てている余裕もありませんでした」
決勝戦の相手・棗田龍介選手は2歳下の選手だが、松﨑選手が筑波大在学中から活躍は見ていたという。
「棗田選手が日体大在学中に筑波大へ出稽古に来て、一緒に稽古をしたことが1回あります。ほぼ初対戦ですので楽しみでもあり、負けられない気持ちもありました」
負けられない思いとは。
「強化選手(世界大会日本代表候補)として、また、決勝まできたのだから、最後まで勝ち切るという思いです。しかし、その気持ちの向かい方が、結果的に変に『勝ち』を意識し過ぎたような……。表現が合っているかわかりませんが、初戦に向かうような気持ちで入ってしまったので、準決勝まで積み上げてきた気持ちの流れが途切れてしまっていたと思います」
小手技については、松﨑選手の意表をつく技だった。こちらが仕掛けた場面であったが、相手の攻め返しによって引いてしまったのが悔やまれる。しかし、25歳にして出場5回、その内4年ぶり3回目の決勝進出(優勝1回2位2回)は特筆すべき実績だ。
「スケジュール的にも厳しい中安定した結果を残したことには先生方からお褒めの言葉をいただくことができました。ただ、自分としては優勝しなくては報われない気持ちがありましたので、喜びというものはありません。打たれたところも課題としていた部分でしたので……。しかし『今回の大会に全てを賭ける』よりも『今回の経験を世界大会や次の全日本選手権に繋げていきたい』という思いの方が強くありましたので、気持ちを切り替えて剣道生活に取り組んでいます」
勝つための目標設定
現在、松﨑選手は大学院に進み、博士課程(1年)で剣道を中心にスポーツに関する様々なことを研究するほか、茗渓学園中高にて非常勤講師・剣道部コーチをつとめている。
大学の同級生たちが卒業し、気の置けない仲間が近くにいないのは寂しくもある。しかし、それは仕方がないこと。(意識の高い仲間からもらっていた)刺激が減ったのはやむを得ないことと割り切っている。大学院生の本分である研究に没頭する毎日だ。
「稽古量が豊富な剣道特練員の方々に対して羨む気持ちが少し出てしまうこともあります。ただ、私は研究をやりつつ教員をめざすという道を選びましたので、その中で勝ち続けるための生活を作り上げていかないと、と感じています」
学生時代よりも忙しい日々を過ごしている印象だが、勝つためにどのような事を考えているのだろうか。
「1回の稽古をより充実させることはもちろんですが、時間の使い方やこれまでの生活習慣なども見直さないといけないなと思って、2023年の新年度を迎えるに当たって、生活リズムをいったん考え直しました」
研究が生活において大きなウエイトを占めるようになってきたため、年間ですでに決められている各種大会予選に向けて「逆算」をして、計画的に稽古を実行するようになった。とくに、自身の剣道の長所や短所を補う・伸ばすという点においても計画に盛り込み、「いつまでにできるようにする」といった目標設定も行なっている。しかし、稽古に没頭すると、その場でできた課題についてつきつめて稽古をするのが楽しくなってしまうこともある。
「どうしても、没頭し過ぎると自分が定めた方向性から逸れてしまいがちなので、あらかじめ計画を立てることで、逸れないようにしています。大学院生になって、全体稽古に縛られることがなくなったので、自主的に取り組めています。前よりもモチベーションを高くもって稽古に臨むようになっています」
また、以前は稽古終わりのトレーニングを習慣にしていたが、現在の生活サイクルでは研究に時間をとられるため、なかなか難しいという。
「稽古が終わった後トレーニングをすると、食事や就寝の時間が遅くなってしまいます。ですので、稽古後はしっかりとリカバリーを行なうことに注力するようになりました」
間合について考えてから
剣道の質が変わった
現在、取り組んでいる稽古のテーマの一つに「間合」がある。「以前は『遠い間合、どれだけ遠くから、相手が届かないところからいけるか』、というところだったのですが。いまはそれよりも、『どれだけ懐に入れるか』ということに重きを置いています。つまり、自分が崩れないまま相手を攻めることができるか、ということです」
相手との間合が近くなればなるほど緊迫感が増すため心が崩れやすくなるが、そのような状況下でも充実した状態を維持し、攻め勝つことをテーマにしている。「全剣連の先生方からもそういったご指導をいただいたことや自分で試行錯誤する中での『気づき』がきっかけでした。以前までは、脚力に頼った打突をしていました。膕(ひかがみ)も曲がっていたのですが、そのような打突では安定したパフォーマンスができないと考えるようになりました。常に安定した構えがとれないので構えの感覚がしっくりこないことがあり、それで変えよう、と。以前よりも自然と無理して遠間から打つこともなくなりましたし、体勢が崩れない剣道につながりました」
以前からの持ち味であった「遠間からの打突」に加え、「ぎりぎりまで間合を詰めて攻め、相手を崩す、あるいは動いた瞬間をとらえる」方法を学んだことにより、「間合の管理」がより緻密になった。
「間合の管理で、相手を上回れたら、僕としては嬉しいかな、と考えています」
速く打てることは、試合においては一つの武器になるが、剣道において一本を決めるためにはそれ以外の要素、たとえば攻め、崩しなどが重要になる。
「『速く打てば通用する・速く打てなければ通用しない』、そのようなことはないと思います。体の使い方も含めて、相手(の心の動き)のことを考えた上で攻めることが大切ではないかと思います。たとえば、継ぎ足についてです。一般的には継ぎ足をするのは良くないと言われています。相手に『起こり』となって映るからですが、相手との攻防によっては継ぎ足が意味のあるものになる場合もあります。つまり、相手のことを念頭に置くことが大切だと思います」
そして、基本も大切だと語る。
「世界大会の日本代表を決める強化訓練講習会においても主な稽古は基本的なものです。基本的動作ができなくては、相手との攻防もままなりません。今よりも高いレベルでやりたい、という気持ちが大切だと思います」
意識が変われば、普段の何気ない練習の一本にも変化が訪れる。稽古の質を高めるコツは、「意識」にあるのかもしれない。
変化を恐れず挑戦し続けたい
いよいよ今年は世界大会となる。前述の通り松﨑選手にとっての最大の目標は全日本選手権と世界大会である。
「もちろん、今度の世界大会に選んでいただくことは私にとって重要なことです。しかし、選手として選んでいただけるか・否かに関わらず、強化訓練講習会(選考合宿)への参加が自分にとってのプラスになるように、そして、その積み重ねによって自分の目標達成(全日本選手権・世界大会)に繋げていきたいと考えています」
目標達成に至る過程も大切にしているせいか、「できるかどうか」という成果に対する焦りはあまりないようだ。
「以前は、『今(偶然に)見つけた課題』『今自分に必要だと感じたところ』をやり込むことで目標達成に繋げていました。そのようなアプローチをしていたのですが、大学で心理学を専門に研究される先生にアドバイスをいただいて、2023年は『逆算』でやっていました。『こういう剣道でありたい、そのためには予選前にはこのテーマができるように、月の時点ではこのテーマができるように』といったかたちです。『この大会までに小手技を打てるようになりたい。そのために小手技が得意な先生に稽古をお願いするなどして、何時までに意識すべきところができるようにする』といった事が考えられるようになってから、自分の中で評価基準が出来て、(目標達成が)しやすくなったのかなと思います」
課題がくっきりと見えてきたため、「もっとこんな風になりたい」といった願望がどんどん増えているという。「自分はもっと強くなれる、という気持ちが強くありますし、まだまだ楽しみだし、まだまだ強くなりたい。変化を恐れず、挑戦し続けたい」と、力強く語った。
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