インタビュー

剣道スウェーデン代表男子チーム:強化のためのオンライン稽古

2025年10月20日
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剣道スウェーデン男子代表の監督を務めております、新井良と申します。普段は、ギリシャ・アテネを拠点に活動しておりますが、縁あってスウェーデン代表チームの指導に携わっています。

私がアテネに住んでいることから、スウェーデンの選手たちと直接稽古をすることは、頻繁にはできません。

しかしそういった環境でも成果を出すために試行錯誤を重ねた結果、チームコンセプトを共有するミーティングとオンライン稽古に行きつきました。

オンライン稽古導入後の2023年ヨーロッパ大会では団体戦ベスト8、2024年世界選手権では強豪国のカナダを破り、2025年のヨーロッパ大会では男子が個人優勝を果たし、少しずつではありますが、成果を感じております。

本記事では、私たちが取り組んできた具体的な内容や効果、改善点、そして選手たちの声をご紹介していきます。

新井良(あらい りょう)

1987年生まれ、埼玉県出身。埼玉県立浦和高校卒業後、筑波大学体育専門学群、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻。インターハイ団体ベスト8、個人戦出場、全国選抜出場、全日本学生剣道選手権大会出場。ギリシャ・アテネ在住。現在、剣道スウェーデン男子代表監督。剣道七段

チームコンセプトを継続的に共有

スウェーデン代表男子チームの監督を引き受けたのは、2020年9月。当時はコロナ禍で、スウェーデン国内でも移動がかなり制限されていました。
そんななか、2週間に1度のオンラインミーティングを始めました。このミーティングでは、事前に私が指定した動画を見てもらい、そちらをもとに解説を行います。共有するビデオは、チームコンセプトに関連するものが中心です。チームとして目指す剣道をメンバー全員に共有し、共通認識を作ることを狙いとしています。

オンラインのフォローアップの有用性

 コロナによる規制が緩和され、スウェーデンで候補選手と実際に稽古することができるようになったのが2021年11月頃なのですが、ミーティングで共有していることをなかなか実践できないと感じることがありました。

 「頭ではわかっているんだろうけど、実際にはできていない」という状況です。「わかる」から「できる」状態に持っていくためには、同じ稽古内容をある程度継続する必要性を感じました

 そのような時期に、ある選手のオンラインでのフォローアップをすることになりました。ナショナルチームの候補選手の多くは首都ストックホルムに住んでいますが、この選手はスウェーデン南部(マルメ)に在住。

 彼の所属するクラブには他の候補選手はおらず、さらに30代半ばで家庭を持っていたということもあり、稽古の時間を捻出するのも難しい状況でした。ただ、実績のある選手でしたので、当時のチーム状況を考えるとチームに残ってもらいたい存在でした。

 マルメの平日の稽古では稽古相手がいないため、彼が1人で稽古に取り組んでいるところを、私が画面越しで見てアドバイスをすることにしました。この選手とは、1年以上この稽古を続け、2024年7月の世界大会まで主力選手の一人としてチームを支えてくれました。

 この選手とのオンライン稽古である程度の手応えを感じたので、他の地域でも取り入れることに決めました。

オンライン稽古による代表チームの強化

 オンライン稽古の頻度は各地域週に1回、基本的には日曜日です。以前はマルメとリンシェーピングにも候補選手がいましたが、現在はストックホルム、ウプサラ、シェレフティオ、ゴットランドの4つの街でオンライン稽古を行っています

 私もフルタイムで働いていて、アテネの剣道クラブの活動もあるので平日の対応はなかなか難しく、稽古は日曜日に集中します。

稽古の実施に当たっては、メッセンジャーのビデオ通話機能を用いています。地域によってはスピーカーを用いたり、大型画面を用いたりしているところもありますが、基本的にはスマートフォン1台あればできる方法です。稽古をしている様子を、私がパソコンの画面を通してみて、適宜アドバイスするという形です。

 オンライン稽古を始めた当初は、全ての街を私が受け持っていましたが、現在、ゴットランドに住んでいる選手のオンライン稽古は2人いるキャプテンのうちの1人に見てもらっています。彼はこのチームの発足当初からチームに在籍していて、チームコンセプトも十分に理解しています。後述しますが、彼とは週に1度個別のミーティングを行い、そこで稽古やチームに関する情報を共有しています。ゴットランドでの稽古の進捗状況もそのうちの一つです。

 ストックホルムのグループは大きく、またジュニアチームや女子チームの選手が参加することもあるので、最大20名程度になることもあります。この規模になってしまうと一方向からだけでは見ることができないので、3台のスマートフォンを使用しています。1台がビデオ通話用。残りの2台は撮影用で、両端に設置しています。稽古中は一方向からしかみれないので、稽古後、撮影した動画を私が見返します。

 撮影された動画はチーム全体に共有されるため、他の地域の選手も見ることができます。ストックホルム以外の地域の候補選手は、基本的には選手が所属しているクラブの選手を相手に稽古をしています。そのため、ストックホルムで候補選手たちがどのように稽古しているかを動画で見ることは参考になるようです。

 ストックホルム以外の地域では参加人数があまり多くないため、稽古中に指示を出すことはそれほど難しいことではありませんが、実際にどのように動いてもらいたいかを言葉だけで伝えるのは難しいこともあります。そのため、動画を見ることによって事前にイメージを持ってもらうことで稽古に入りやすくなる効果はあると思います。

 ストックホルムは大人数で稽古ができる反面、他の地域のように稽古中に指示を出すことが難しい場面もあります。ですので、ストックホルムでの稽古を指揮しているキャプテンとは毎週日曜日にミーティングを1時間程度行っています。そこではチームの雰囲気をヒアリングするだけではなく、各選手の改善点を共有したり、稽古の中で意識してもらいたい点を共有したりすることで稽古中の指示に費やす時間を減らし、稽古をスムーズに行えるようにしています。

オンライン稽古の効果

 週1回の頻度ではありますが、継続的に稽古を見ることができ、これによりチームコンセプトを実際の稽古に落とし込むことができるようになりました

時期によって多少の変化はありますが、年間を通して、同じような稽古をしています。この効果は大きいと感じています。やはり、何かを変えるにはそれなりの時間が必要ですので、ある程度の期間、同じ稽古を継続することは非常に大切です。

住んでいる地域が違っていても稽古内容はほぼ同じですので、合宿や試合前のウォーミングアップ等、チームが集まって一緒に稽古をしても、混乱することなくスムーズに稽古に入ることができるのも利点の一つです。先ほども挙げたように、動画も共有しているので、ストックホルム以外の選手に関しても、かなりイメージは掴みやすいはずです。

 また普段は指導的な立場にいる選手も、自分の稽古の時間として活用することができます。多くの候補選手は、自分のクラブでは指導的な立場にあります。指導に時間を取られ、なかなか自分の稽古ができない人も多くいます。その中で、最低限週に1度、自分の稽古に集中する時間を取れることは大きな利点です。これにより、競技に対する意欲を継続できる側面もあると考えます。

ナショナルチームですので、選手は各地方から集まってきていて、スウェーデン国内であっても同じ場所に住んでいるというわけではありません。距離がある中で、共通意識を持ちつつ、チームの力を高めていくには、ある程度効果のある方法なのではないかと考えています。

オンライン以外の稽古については、個々の裁量に任せています。例えば、2024-25シーズンでは上段対策を取り入れましたが、地域によってはオンライン稽古以外まったく上段対策に時間を割いていないところもあります。これはこれでよいと思っています。選手それぞれで課題にしていることは違うので、最低限チームとしてやろうとしている部分を守ってくれさえすれば、すべて同じ稽古をする必要はないと考えています。ただし、チームとして共有してもらいたい部分ができていないと、それはマイナスの評価になります。

2人のキャプテンが中心となって行ったチームビルディングイベント

改善点と課題

代表候補選手はオンライン稽古に加えてミーティングにも参加しているため、多くの情報を共有できます。それにより、質の高い稽古が可能になっていることを考えると、ストックホルム以外の地域で意欲のある選手を見つけ、継続的に稽古に参加してもらうことは課題の一つです。

 またストックホルムでの稽古のように大人数で稽古が行われる場合、すべての選手に目を配ることは非常に難しいです。両脇にスマートフォンを設置し、動画を撮影することで対応していますが、稽古後に確認することはかなりの時間を要します。将来的には、チームコンセプトを共有できるスタッフが分担して稽古を見ることが必要になってくると思います。現在、ジュニアチームの監督は長い期間男子チームに在籍していた選手だったこともあり、ジュニアとシニアのチームは同様のチームコンセプトに沿って稽古を積むことができています。候補選手を増やすことと同時に、チームスタッフを増やすことも今後の課題として挙げることができると思います。

選手の声(よい部分)

・同様の内容の稽古を一定期間繰り返すため、強度が高く、効率的な練習が可能。また稽古内容をそれほど変更しないため、自分の上達度合いを感じやすい。

・稽古内容は教育的かつ面白い。上段に対する技や引き技など、普段あまり練習しないことも含まれていることもよい。

・限られた時間の中で実戦の経験を多く積むことのできる工夫がなされているため、自然と集中力が高まり、戦略をより理解することができる。審判の練習にもなる。

・ミーティングで話したことをオンライン稽古で実践する。双方がともに補完しあっている。

・コーチが稽古の場にいないため、オンライン稽古は始め難しいように感じられたが、ビデオ撮影、ミーティングでの解説やフィードバック、試合や稽古に関する動画に関する課題など、さまざまな方法を用いることで効果的な方法になっている。

・オンライン稽古で技術的にも成長したと感じるが、より成長を感じるのは戦術面と精神面。

・他のチームメンバーとは離れたところに住んでいて、オンライン稽古も地元クラブのメンバーと行っているが、それでもなおチームの一員だと感じることができる。離れて住む選手がいる中でも、この稽古が選手をつないでいる。モチベーションを保ち、お互いに助け合い向上しようとする姿勢を持つことができる。

・北部スウェーデンの剣道コミュニティーにもよい影響を与えている。自分の技術が向上することや自信を身につけること、試合で成功することによって、北部スウェーデンの人たちが自分の話により耳を傾けてくれているのを感じている。スウェーデン剣道のレベルを向上させている。

選手の声(改善できる部分)

・ストックホルムの稽古開始時間が早い。

・ウプサラの稽古は夜遅いため、コーチの家族に負担がかかる。

・多くの稽古法を短時間でこなしているため、新しくチームに加入するものにとっては難しい部分もある。しかし、他のメンバーも手助けをするので、定期的に稽古しているものであれば問題ない。

・ストックホルムでのオンライン稽古を可能にするためには、コーチの指示をメンバーに伝える役割を果たす人が必要である。この人がコーチの指示をどのように理解し、メンバーに届けるかが、稽古の質を左右する一つの要因となる。

オンライン稽古を始めるきっかけとなったアリョーシャ選手の所感

私の名前はアリョーシャ・ヴクサノヴィッチです。2022年から2024年までスウェーデン代表剣道チームのメンバーとして活動していました。ヨーロッパ剣道選手権大会(EKC)に2回、世界剣道選手権大会(WKC)に1回出場しました。この期間中、私たちの指導者である新井先生は、チームメンバーそれぞれに対してオンラインで個別稽古を行ってくださいました。私たちの多くは国内の異なる地域に住んでおり、一緒に集まる機会が限られていたからです。合宿のときに顔を合わせることはありましたが、日常の稽古は各自が所属する道場で独自に行ってきました。

私の状況は少し特別で、所属していた道場のメンバーはごくわずかであり、剣道全体のレベルも高いとは言えませんでした。そのため、大会に向けた十分な準備をすることが難しかったです。しかし、新井先生との個別稽古のおかげで、EKCやWKCといった大きな大会に対応できる剣道のレベルを維持することができました。その結果、他のチームメンバーと遜色のないパフォーマンスを発揮することができたのです。

私は週に約2回、1回あたり1時間ほどのオンライン稽古を新井先生と行っていました。一人で稽古するというのは大きな挑戦です。モチベーションを保つことも、常に全力を出し切ることも簡単ではありません。相手がいないと、一太刀一太刀の手応えがなく、ただ空を斬っているような感覚になります。打突を出す力だけでなく、それを制御して止めることも求められますし、相手がいない分、休憩が短くなりがちで、結果的に一回一回の稽古の強度が高くなります。

新井先生は、そうした一人稽古の状況を踏まえた具体的なメニューを考案してくださいました。それらの稽古法は私の剣道を大きく向上させ、大会への準備にも大いに役立ちました。

私たちが重点的に取り組んだのは、足さばき、攻めのかけ方、そして試合中のリズムの変化です。30秒、1分、3分、5分というインターバルごとに練習を行いました。一人での稽古ではありましたが、この方法によって私はヨーロッパや世界のトップ選手たちとも戦い、一本を取ることができるようになりました。そしてチームの中でも安定した存在となり、自分自身にも仲間たちにも大きな自信をもたらすことができました。

ヨーロッパでは剣道はまだメジャーなスポーツではなく、多くの剣道家が環境の不十分さや強い相手との稽古不足といった課題に直面しています。私からすべての剣道家へのメッセージは、「たとえ一人で稽古していても、レベルを維持し、大会に備えることは可能だ」ということです。ただし、それには個々の状況に合わせた特別なアプローチが必要であり、私は幸運にも新井先生からそのような指導を受けることができました。

スウェーデンチームの応援をよろしくお願いします!

スウェーデンの剣道の歴史はヨーロッパの中でも古く、第一回ヨーロッパ大会に参加した6か国の中の一つです。ヨーロッパ大会の男子団体戦で優勝したことがあるのは7か国しかありませんが、1989年に優勝しています。しかしながら、フランスやドイツ、イギリスなどの国と比べると剣道に取り組んでいる方の人数は少なく、また資金も潤沢にあるというわけではありません。そのような中にあっても、工夫を凝らし、できることに集中して実力を向上させようと努めております。スウェーデンチームの活動を応援していただけると嬉しいです!

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