溜め

【師弟対談】剣道は、ためで勝つ(石塚美文・佐藤博光)

2025年6月16日

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※2011年6月号の記事です。プロフィールも当時のものを掲載しています。

石塚美文

いしづか・よしふみ/昭和25年鹿児島県生まれ。福山高卒業後、大阪府警察に奉職する。全日本選手権優勝、全国警察官大会団体優勝、世界選手権出場、全日本東西対抗大会出場、全日本八段選抜大会出場。

佐藤博光

さとう・ひろみつ/昭和48年宮崎県生まれ。高千穂高から大阪体育大に進み、卒業後、大阪府警察に奉職する。全日本選手権大会3位、世界選手権大会個人・団体優勝、全国警察官大会個人・団体優勝、全日本都道府県対抗優勝、国体優勝など。

肚の底から声が出ているか
充実した発声なしにためは生まれない

石塚 剣道ではよく「ためがない・ためをつくれ」と指導をするけれど、実際、どのような状態にためがあり、どのような状態にためがないのか、言葉にして表現するのはとても難しいよね。

佐藤 はい。でも、打ち急いだり、相手に動かされて出してしまった技にためはありません。昨年の千葉国体、久しぶりの公式戦だったのですが、まったくだめでした。気持ちが整わないし、すぐに反応してしまいました。

石塚 錬る剣道に変えるときかもしれないね。現役時代はどうしても勝敗にこだわらざるを得ないし、身体も動く。でも、現役をおりれば、現役時代のような剣道はできなくなる。加齢とともに身体が動かなくなるから、相手を観察し、圧力をかけながら、崩していかなければならないよね。

佐藤 はい。それを痛感しました。石塚 でも、ためは待っていてもできない。常に相手を攻め、優位な状態になったはじめてできるものだと思う。

佐藤 待っているとどんどん不利な状態に追い込まれてしまいます。

石塚 そうそう。だから相手と対峙したらまず肚の底から声を出し、自分を奮い立たせ相手を圧倒するような気持ちで先を取っていくことが大切ではないかな。

佐藤 声が出ているときは、気分も乗っているときです。

石塚 上虚下実で構えられている状態だね。一流選手は声の出し方が本当にうまい。石田利也先生(現在警察大学校教授)などはその見本だと思う。

佐藤 石田先生は大学の先輩であり、特練に入れていただいたときのキャプテンでした。真似をしていました。

石塚 会場のどこにいてもわかるからね。なかなかああいう声は出せないけれど、学びたいところです。息を吐き出すことで肚に力が入るね。

佐藤 肚から声が出ているときは構えが安定しています。稽古ではとくにそれが実感できます。そのような状態をつくれると相手がなにをしたいのかわかるし、余裕をもって対応できます。でも、その状態はなかなかできません(笑)

石塚 それはそうだよ(笑)。でも、大阪府警は発声に関しては各自いろいろ工夫していたと思います。発声も技術であると思います。気を高め、そして声で先を取るという気持ちで、相手に突き刺さるような声を鋭く出すように意識しなければなりません。このような状態で声を出すと自分の肚に張りができ、気も充実し攻めるといい雰囲気で仕事ができます。

佐藤 声も技術の一つですね。充実した発声ができていないと技もうまく出すことができません。

石塚 審査員をしていてもそれは強く感じます。立ち上がり、いい声を出している人は立合を優位に進めることができています。優位に進めることができれば、審査員の目も自然とそちらのほうにいくものです。

佐藤 声は重要ですね。

石塚 本番でやろうと思ってもなかなかできないから、普段の稽古でしっかりと発声しておくことが大事です。それこそ素振りから気を抜かないでやることです。それが気持ちを充実させることにつながり、ひいてはためをつくることにつながると思います。

佐藤 浮いた状態でためをつくることはできないですよね。しっかりと声を出し、まずは腹に力を込める。この状態で稽古ができれば、気が抜けることもないわけですね。

石塚 そう思っているのだけどね。実際には難しいよ。とくに元に立つ機会が増えれば増えるほど注意をしてくれる人がいなくなります。

佐藤 それを実感しはじめています。

石塚 でも、佐藤は声もいいし、姿勢もいいから、あとは心と体のバランスをどうとるかではないかな。指導者としての剣道を身につけるには、相手を引き立ててやることもさらに勉強しないといけないしね。それこそ、攻めて・ためる稽古を心がけるようになるでしょう。

佐藤 はい。まだまだ身につけなければならないことがたくさんありますが、発声から復習していきたいです。

打つことより崩さないこと
左足にためをつくって技を出す

石塚 ためがあるという状態は、打つべき機会に無理なく技が出せることだと思います。攻め合いのなかでも姿勢を崩すことなく対峙し、相手のできた隙に素直に技を出すことができれば最高です。

佐藤 そうですね。相手も同じことを考えて攻めてくるし、試合ではどうしても打ちたい、打たれたくないという気持ちが出ます。それをいかに殺して、勝つことに集中できるかが大切ではないでしょうか。

石塚 集中力が散漫になるといい試合は絶対にできないからね。それこそためがなくなります。

佐藤 ために関してですが、左足と密接な関係があるように思います。

石塚 剣道で足は基本中の基本だからね。とくに左足・膕(ひかがみ)は要です。

佐藤 膕が折れたり、定まっていないと打ちを出しても遅れてしまいますし、出頭を打たれることもあります。

石塚 ためをつくるためにも、どのような動きにも対応できる足構えをつくっておかないといけないね。

佐藤 先生はどのようなことに気をつけていらっしゃいますか。

石塚 足構えは「両足を平行に並べ、つま先は正面に向ける」「左右を肩幅あるいは身幅くらいに開いて平行に構える」などの要点があるけれど、移動時は左足全体に体重が乗り、右つま先から突き刺すようなイメージで、足をスライド移動するようにしています。

佐藤 左足にしっかりと重心を乗せるおくことですね。わたしもそこは意識しているのですが、悪いときは左足に重心が乗っていないので、左足にためができません。

石塚 剣道は呼吸の乱し合いと言われているけれど、呼吸が乱れると左手が浮き、さらに守ろうと思ったりして左足も崩れやすくなるね。足の五指全体を柔らかく床に乗せるような感覚を意識しているけれど、気持ちが動いたときはそれができていないと思います。

佐藤 焦ると絶対にだめですね。踏み切ったとき、左足が流れ、腰が残ってしまいます。

石塚 足裏全体で踏み、特に湧泉を意識して五指全体で踏み切るようにしているけど、それができているときは打ち切った技になっています。親指と人さし指だけを使って踏み切っているときは左足が流れているね。

佐藤 足裏全体を使わなければいけないということですね。

石塚 そうそう。かたよることなく使うことができれば、身体の平衡移動も自然とでき左足の引きつけはよくなるはず。ためた気を瞬時に爆発させることができるから打ちにも迫力が出るよね。

佐藤 打ちたい気持ちをできるだけ左足に収めるようにしているのですが、打ち急いだり、攻め負けたりすると、収まりません。

石塚 本番ではどうしても多少、体が崩れやすくなるから、打ち込み稽古では姿勢正しく打つことが大切だね。その打ち方を地稽古でも実践できるまでの水準に上げ、自分を高めていくことが大切ではないかな。

佐藤 打ち込み稽古である程度、できても本番でそれをするのは容易なことではないです。

石塚 大阪は小手・面・胴の連続打ち込みで鍛えられているけれど、本番は別物ですね。だから地稽古でも打たれることを嫌がらず、崩さずに打ち切る稽古をする必要があります。とくに六段、七段と高段位をめざす人たちはそれが重要かもしれません。試合では一本になる技でも審査では評価されない技があるからね。

佐藤 確かにありますね。

石塚 今回のテーマである、ためのある打ちが出ないと審査は評価されにくいよ。剣先の攻防から崩して打つこと。それには先を取ってため、ためた状態で崩し虚を打つことが重要であり、それを頭で考えず、身体で自然に出さなければなりません。

佐藤 打ち込み稽古ではどのような点に注意したらよいでしょうか。

石塚 いろいろあると思うけれど、まずは姿勢だよね。うなじをまっすぐにして目線を一定にし、腹から声を出してしっかりと構える。そして打つときは、打突部位を切り下すような気持ちで打つことです。面であればあごか耳の位置、小手なら小手を切り落とすような気持ちで左手の小指・薬指の切り手で締め打つと、冴えた打ちになります。無理に強く打つことをせず、耳まで切るような気持ちで打てば、自然と冴えた打ちになるはずです。こうした打ちを出すにも、出す前の準備(ため)が重要になってくると思います。

佐藤 どうしても現象面に目がいきがちですが、打ち込み稽古から打つ前のことに注目しておかないとうまくいかないですね。

ためすぎても打てない
捨て所を意識して稽古をする

佐藤 実戦では一瞬の機会をとらえることが重要になると思うのですが、ためすぎても打つことができないと感じています。わたしの場合、試合で技が決まるときは面技がほとんどです。自分が崩れないまま相手を崩して打つことが理想ですが、ためすぎると打つ機会を逸してしまうというか、反撃されてしまうというか、いずれにしてもうまくいかない状況になってしまいます。

石塚 それはあるね。捨て所を知っておく必要があると思うけれど、これは容易なことではないのは周知のとおりです。わたしは、ためることと捨てることはセットではないかと考えています。ためることができていれば、静から動に切り換え捨て切ることができるはずです。

佐藤 先生の考えるためとはレベルが違うと思うのですが、わたしの場合、出頭面が得意技です。その技を打つためには、攻めが強すぎては誘いに乗ってくれません。強い気持ちで相手と対峙することに変わりはないのですが、その気持ちを左足にためるようなイメージで攻めるようにしています。

石塚 そういう感じだよね。

佐藤 その際、左足、左腰でためるからこそ、右足の誘いが生きます。左足は軸足、右足は攻め足、左右の足は連動していると思うのですが、打ちたい気持ちを左足にためることで、上半身のブレをふせぎ、起こりの動作を最小限におさめることができます。ただ、この動作のなかでためをつくりすぎると、居つきにつながることがあります。

石塚 ここも難しいよね。ためすぎれば、打突動作が遅れ、反対に出ばなを打たれることもあります。攻めて待ってしまったときかな。

佐藤 待つ……。

石塚 攻めて、ためる。攻めて、ためることをくり返すことができれば、攻撃が持続していることになるけど、ここで待ってしまうと、攻撃が途切れてしまう。もちろん目に見えるものではないので感覚的なものだけど……。

佐藤 なるほど。確かに待つと、居つきにつながりますね。

石塚 あくまでも感覚的なものだけどね。わたしは攻めてためをつくることができれば出遅れないし、相手の反応を見ることができると思います。仕かけてよし、応じてよしの状態です。そうすれば打つべき機会が見えてくると思うけれど、言うは易し、行なうは難しです。

佐藤 でも、打つべき機会を探りながら技を出すことは、この先、とくに大事になりますね。そのことをもっと勉強していかなければならないと感じています。

石塚 そうだね。ギリギリのところまで我慢して隙と感じたところで無意識に打つことができればいいよね。無理して出てくれば返せばいいし、相手が居つけばそのまま乗っていけばいい。

佐藤 精神的な余裕がないとできませんが、打つ機会を意識した稽古は今後、さらに重要になりますね。

石塚 打つ機会は洗練され無理・無駄・無法なく、技もシンプルなものになっていくはずです。だからこそ、じっくりと攻め合うなかで会心の一本を求めていくような稽古をしないといけないと思うよ。

本当の一本は無意識から
すべて自然に行なえるのが理想

石塚 打突を出す際、ためがあることが大事だけれど、ためを意識して技を出しても成功することはまずないでしょう。結果として決まっていたという技がもっとも評価が高いものだね。

佐藤 いいときは自然に技が出るのですが、悪いときはいろいろと余計なことを考えてしまっています。そういうときは、ためもなく調子で技を出してしまっているのでしょうか。

石塚 おそらくそうなるだろうね。佐藤 結局、本番で会心の一本を打つには肚をくくってやるしかないのだと思うのですが、そのような心境にはなかなかなれないですね。

石塚 剣道は一対一、しかも少しの油断が命取りになります。だから怖いと思うし、打ち気にはやったりします。まずは自分のそのような気持ちに勝たなければ会心の一本を打つことはできません。

佐藤 間合を詰めていくのも勇気がいることですよね。

石塚 昔、森島健男先生から「打たれる稽古をしなさい。次に見る稽古をしなさい。相手を打つ稽古は最後でいいですよ」ということを教えてもらいました。それ以来、打たれることをこわがらないようにしているけど、なるほどと思った。

佐藤 どういうことでしょう。

石塚 相手がなにを考えているのかを読み、打たせてみる。たとえば面にくると思ったところで面にくれば、これが相手の面の打ち間であり、それを体感したことになる。その積み重ねが、技を増やしていくことになると思う。

佐藤 なるほど。引き立て稽古のコツでもありますね。

石塚 打たれて覚えれば、打つことにもつながると思います。見事な一本というのは、そもそも、ためがあるものです。打たれて覚えることも、必要なことだと思っています。

佐藤 打とうと思うと崩れますからね。打つことをめざさず、相手とのやりとりを重視するようにすれば、自然と機会に反応できるようになるかもしれないですね。それが、ためのある理想の一本となるのでしょうか。

石塚 そういうことになると思うけれど、これだけは教科書を読んでも身につかないからね。稽古を積むしかない。久しぶりに一本やろうか。

佐藤 はい。お願いします。

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