岩立三郎範士

合格すると半年で元に戻る不思議
前回は昇段審査に向けての心得をお話しました。今回は審査合格後のお話です。剣道の昇段審査は初段から八段までありますが、何段でも落ちれば悔しい、合格できれば嬉しいと思うものです。
落ちたときは次の審査に向けて努力・精進するものですが、合格したときはホッとしてしまうのでしょう。油断をすると半年くらいで力が元に戻ってしまいます。松風館には昇段審査合格をめざし、たくさんの方が足を運んでくださっています。合格後、挨拶を兼ねて来てくださる方がたくさんいらっしゃいますが、数カ月後、合同稽古等でお会いしたとき、残念ながら「力が落ちたな」と感じる方も少なくありません。
剣道は小さな努力の積み重ねで強くなっていくものですが、小さな努力を怠ったり、甘くなったりするとみるみる力が落ちていってしまいます。体力に関しては加齢とともに必ず落ちますので、そのなかで剣道の力を維持ではなく向上させるには総合力を上げていくことしかありません。剣道の総合力とは地力と置き換えることができるでしょう。
剣道では「あの人は地力がある」「地ができている」などと表現しますが、長い間修行していると相手の動きを予測する力が形成され、相手がなにをしたいのかがわかるようになります。年配の先生方が血気盛んな若手剣士を手玉にとれるのは予測する力でまさっているからであり、適切な対処法を身体で覚えているからです。相手の動きを読めるから出ばなを打ったり、胴に返したりすることができるのですが、稽古が甘くなるとそれができなくなります。
審査合格後はためていた仕事に取り組むなどで、通常より稽古時間を確保できなくなるものです。だからこそ一回の稽古を大切にし、剣道の力を落とさないようにしましょう。
自分の前に何人並んでもらえるか
松風館では七段になると上座にすわってもらいます。稽古でも元立ちをつとめることを原則としています。七段になれば地域の稽古会では当然、元立ちをつとめなければならず、その訓練を兼ねてお願いするようにしています。七段は指導者ですので、基本から外れている剣道であってはなりません。「また稽古をお願いしたい」と感じてくれる剣道でなければなりません。
「元立ちは何人並んでもらえたかで価値が決まる」と七段取得者に言っています。七段は指導者です。指導者になれば、下手を引き立てることが大切な役割の一つです。自分勝手な剣道をしてはいけません。相手の技量を見極め、相手の技を生かす稽古を心がけるようにします。
指導稽古はたいてい四十分から九十分くらい時間を割きますが、元立ちは一人目から最後の人まで同じように相手をできなければなりません。掛り手はお願いする先生を選ぶことができますが、元立ちは選ぶことができません。どんな相手にも対応できなければなりませんし、それが元立ちというものです。
そして元立ちは下手の者を引き立てなければなりません。かつて全国から選りすぐりの八段を集めた明治村剣道大会では前日、九段の審判員の先生方が元立ちをつとめた稽古会を行なっていました。
広島の中西康先生に稽古をお願いしたとき、「いま一本」とおっしゃり何度も面を打たせてくださいました。私は一度剣先をまわして打つ癖がありましたので、それを修正するよう竹刀を通して教えてくださったのだと思います。
範士十段の持田盛二先生は「相手が初段なら二段の力で、二段なら三段の力で」と指導者は相手より少し上の実力で稽古をすることが大切だと説きました。一方的に打ち込んでも稽古になりませんので、それを念頭に稽古をしていますが、実際にはなかなかうまくいくものではありません。それでも下手の力を目一杯に引き出すような稽古を求めていつも元に立つようにしています。
現在、松風館には九十歳を過ぎた髙﨑慶男先生に来ていただいています。過日も六十分間元に立ち、指導をしていただきました。九十歳を超えてなお先をかけて面を打てることにただただ驚くばかりです。
先を取って面に乗る稽古をくり返すこと
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