剣道のメンタル強化法 連載

矢野宏光:剣道のメンタル強化法 vol.1 もう10分か?まだ10分か?

2019年11月25日

 我々はいつも目に見えないものの中で暮らしています。重力、磁力、浮力など、「ある」ことは知っているけれど、その存在を目で見ることはできません。また同様に、「心」も普段は形に現れません。人は目に見えないものが「ある」ことを認識していても、それを「使う」ことはあまり考えません。けれど、試合や審査などのいざという時に、この目に見えないものが結果や出来栄えに大きな影響を与えることはよく知られています。

 心理学は「目に見えないものを知る」学問であり、スポーツ心理学や運動心理学といった応用心理学では、さらに「知ったものを状況に合わせてどう使うか」を探求する学問領域だといえます。この目に見えないものをもっと上手に活用することができたら、人は今まではできなかったことを可能にしたり、今までよりスムーズで効率よく課題を達成したりできるようになります。

 歴史に残る名だたる剣豪達も、その修行の過程で剣の技術だけでなく、心のあり方の重要性に気づき、実戦で揺るがない心の獲得を目指して日々精進していたのです。その取り組みは、現代心理学の理論や方法論にあまりに合致していることに改めて驚かされます。

 私がこの執筆で目指したことは、単に難解な心理学研究の知識やトピックを示すのではなく、様々なレベルの剣士やアスリートが日々の中で「感じ」、「考え」、「実行」してきたことを心理学の理論と方法論に乗せながら、できるだけ具体的でわかりやすく解説することでした。各稿は、心理学の一テーマと剣道や日常場面とをリンクさせながらストーリー展開することをベースとしています。その中の一フレーズでも心に留まり、明日からの剣道の拠り所となってくれたら著者としてはこの上ない喜びです。

矢野宏光(やの・ひろみつ)
1968(昭和43)年 秋田県湯沢市生まれ。
東海大学体育学部武道学科剣道コース卒業。東海大学大学院修士課程体育学研究科(運動心理学)修了。名古屋大学大学院博士後期課程教育発達科学研究科(心理学)満期退学。博士(心理学)。
現在、国立大学法人高知大学教育学部門 教授。スポーツ心理学のスペシャリストとしてさまざまな競技のサポートに取り組むと同時に同大学剣道部監督。また、スウェーデン王国剣道ナショナル・チーム監督(2006)など国際的にも活躍。一貫して「こころ」と「からだ」のつながりに焦点をあてた研究活動を展開。全日本東西対抗剣道大会出場(優秀試合賞1回)など。剣道教士七段。

もう10分か?まだ10分か?

 現代のサラリーマンは日々結果と成果に追われる毎日です。そんななかでサラリーマン剣士が持つ悩みは時間がないことでしょう。

 昇段審査が近づいてくるなか、「稽古がしたい」「でも時間がない」とあせってくる。そして、この悩みをかかえながら今日も「時間がなかった」と稽古をあきらめて一日が終わる。

しまいには、剣道のことが頭にちらつき、イライラして仕事も進まず、なんとなくやけになって帰りの道、つい一杯のつもりがいっぱい飲んでしまって……。



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