2024.4 KENDOJIDAI
構成=寺岡智之
撮影=西口邦彦
ひさびさの出場となった今年度の全日本選手権でベスト8まで勝ち上がり、観客を沸かせた大城戸知錬士。ここ数年、稽古で取り組んできたのは〝技前〟の充実だと言う。「技前の作業を丁寧に行なうことが、相手の見えない先をとることや、打突の機会につながっていきます」。そう語る大城戸錬士に、自身が実践している技前や見えない先の重要性について語ってもらった―。
大城戸 知 錬士七段
技前の作業を丁寧に施し
見えない先をとる
今回の「先を懸ける」というテーマと私の剣道は、ある意味真逆と言えるかもしれません。「先を懸ける」ことはその言葉から、先に攻撃を仕掛けるというようなイメージがありますが、私はむしろ、自分からは目にみえるようなかたちでアクションを起こさないことを心がけています。ただ、気持ちの面では先を懸けておき、相手が間合に入ってきたときには瞬時に対応できるような備えを意識しています。
私の剣風は若いころからあまり変わっておらず、よく「先に行け」「もっと攻めろ」というアドバイスをいただいてきました。現役時代はそのアドバイスを実行しようと試みたこともありましたが、自分の剣道には合っていないのか、どこかしっくりとはきていませんでした。自分らしい剣道を実践できておらず、一本を打てたとしてもそれは偶然の産物であることが多く、成績も安定しなかった現実があります。
そんな中、年齢を重ねるにつれて、自身の剣道で大事にしなければならないのは「技前」であるという結論に至り、現在まで技前の作業を研究しています。スピードやパワーで一本を決めにいくときと比べ、丁寧に攻めようとしている分、間合が近くなって打たれるリスクも増えました。しかし、打たれたとしても自分としては納得のいくことが多くなり、ここが私の剣道の核になる部分だと感じています。
では、技前にどんな作業を行ない、相手に攻めを利かせていくかですが、そこでポイントとしているのが「見えない先」をとることです。先には「先々の先」や「後の先」などさまざまな種類がありますが、私はとくに「後の先」を意識した剣道を実践しています。
蹲踞から立ち上がった時点から、充実した気勢と体勢で相手の先をとっていきます。そして触刃の間合まで詰まったのちは、自分の気配を消すことを意識して、打ちたいと逸る気持ちを我慢し、相手の打ち出しを誘います。ここで大事なのは左手が浮かないことです。特練員当時は打たれたくないという意識から、危ないと感じればすぐさま手元を上げ、相手に寄りつくようにして機会を潰していました。これだと相手の打突は防ぐことができるかもしれませんが、自身の打突の機会も消してしまいます。左手を収めて我慢をすることによって、相手も我慢し切れなくなり何かしらの動きを見せる、ここが打突の機会であると考えています。
大事なのは左手と中心
相手の土俵で稽古をすること
技前の作業で私が大事にしているのは、前述した左手の収まりと、相手の中心を制することです。とくに相手の中心を制することは、後の先につながる大事な要素だと考えています。
剣道ではよく「相手の中心をとって打て」と言われますが、中心とはどこを指すのか、人それぞれの考え方があるように思います。たとえば上段と対した場合、相手の正中線に向けてまっすぐ竹刀をつけていたら打たれてしまうでしょう。この例は飛躍し過ぎかもしれませんが、必ずしも中心というものは一つではないというのが私の持論です。相手の剣道によって中心の位置も変わり、私もとり方を変えていく。この方が相手を引き出すことや、後の先で打つことにつながるという感覚が私の中にあります。
話は少しずれてしまうかもしれませんが、私は日々の稽古においては、相手の土俵にあがって対峙することを心がけています。剣道は老若男女が愉しめる武道です。私も幅広い年齢層や少年少女剣士と稽古をする場面がありますが、その時、自身の剣道を押しつけてしまっては、お互いに稽古にはならないでしょう。相手の剣風に合わせ、自分に不利な状況であることを承知の上で合気になって稽古をする。これを繰り返すことで、打たれるポイントや、状況・判断を知ることができ、その状況下でも打ち勝つことのできる攻めや打突が身についてきたような気がしています。この心がけは、前述した「見えない先」をとることにも間違いなくつながっていきました。
打たれることを怖がらず
技前の圧力をさらに高めていく
左手を収め、中心をとりつつ我慢をすることは、俯瞰的にみればこちらが先を懸けているとも言えるのではないでしょうか。そこで耐え切れなくなった相手が間合を詰めてきたり打ち出してきたりすれば、それはこちらは充分な体勢、相手は不充分な体勢での攻防となりますから、必然的に打突の好機も生まれてくると思います。
近年の剣道の技術進歩はすさまじく、とくに選手レベルにおいては、しっかり構えていたとしても、部位を触られただけで一本になるといった状況もあります。しかし、だからといって打たれないことばかりを意識してしまっては、打突の機会は見出せません。だからこそ技前を大事にし、崩れのない状態で相手を崩していくことを、ここ数年は考えながら稽古に取り組んでいます。やりとりをしている中で一番怖いのは、相手に打ち切った技を出されることです。剣先での攻防で、「届きにくそうだな」とか「行ったら打たれそうだな」と思わせるような圧力を、これからはもっと高めていきたいと考えています。それは動作として見えていなくとも「先を懸ける」ということと同義のはずです。
剣道には現役も引退もない
自分の剣道を表現することを求めて
昨年はありがたいことに、3度目の全日本選手権に出場させていただき、日本武道館の舞台で4回試合をすることができました。今回のテーマとつながるかは分かりませんが、ここ数年の私の取り組みについてもお話させていただこうと思います。
私は37歳で特練員を終えましたが、最初の3年間はコロナ禍と重なり、稽古環境も整わず、試合をする機会もありませんでした。過去は変えられませんが、特練員を終えるにあたり、「今」を大事に、自身で求めて剣道をしていこうと思うようになりました。大好きな剣道と今後もしっかりと向き合っていきたいというのが、私の本音でした。
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